Dora_PaPa_san's_Pages

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画「カティンの森」は、緊張してみてしまう、重い重い映画。 アンジェイ・ワイダ健在。

<<   作成日時 : 2011/04/22 09:31   >>

トラックバック 0 / コメント 0

一貫してポーランドの抵抗を描いてきたアンジェイ・ワイダ監督の渾身の力作。 やはり衝撃的な内容だった。 殆ど実話から構成されているらしい。 この映画により、ロシアは初めて歴史的事実を認めたともいわれる。

西から侵攻したドイツから逃げて東に向かった民衆は、1939年9月、ソ連が国境を侵入したため、また西に引き返していた。 その流れに抗して、クラカウに住むアンナは、夫アンジェイ大尉を探しに、娘ニカとともに東に向かった。 とある駅で、ソ連軍とポーランド軍将校の一団に出あい、やっと夫と出あうことができた。 軍服を脱いで一緒に帰ろうとすがるアンナに、軍に忠誠を誓ったからと、アンナをふりきり、貨車に乗って収容所に向かった。

収容所のアンジェイ大尉は、友人イェジとともに、先行きを思案するが、ソ連の思惑が予測がつかない。 とにかく記録をしておこうと、手帳に克明に記録を始めた。 

アンナとニカは、ソ連領からなかなか出国できない。 ソ連軍のある将校が自分と結婚すれば命が助かると言う。 下心なのか本当の親切心なのか、わからないアンナは、夫が居るからと断る。 ソ連軍が連行しに来た時、アンナとニカは、将校にかくまわれて助かり、薦めにしたがって、すぐ国境を超えて逃げる。

苦労してクラカウに戻ったアンナとニカは、義母と夫の帰りを待つ。 クラカウはドイツの支配下にあった。 義父の大学教授は、クラカウ大学が反ドイツ抵抗運動の中心とみたドイツ軍によって、閉鎖、収容所に収容され、ある日、病死したと知らせがくる。

独ソ不可侵条約でポーランドを分割したドイツとソ連だったが、蜜月は長く続かない。 ドイツは、1940年カティンの森でソ連軍がポーランド将校を虐殺したとの報道・宣伝を始める。 ドイツは、ポーランド神父、医師などと共に現場を掘り起こし、遺体を調べ、持ち物などから、殺された将校のリストを作成し、市内に放送する。 リストのなかに、イェジはあったが、アンジェイはなく、アンナ達は、かすかな望みをつないでゆく。 大将夫人は、カティンの森の調査フィルムを見る。 

ドイツがクラカウから撤退し、代わりにソ連軍がはいってきた。 ソ連軍は、カティンの森の犯罪は1941年ドイツによってなされたものと反論、ドイツが作成したのと同様のフィルムを作って宣伝し始める。 そしてカティンの森について闇に葬られる。 ワルシャワ蜂起も失敗し、反ソの行動は次々に潰されてゆく ・・・・・・・・・・・。 



ヒトラーのナチスドイツも、スターリンのソ連も、似たようなものだ。 権力を握った人間の個性によって、かなり決まってゆく。 国内で大粛清を行っているスターリンが、12000人のポーランド将校を殺害することなど、いとも簡単な決断だったろう。 国家とか権力は、本当に怖いものだ。 民主主義は、多少はマシなのだろうが、大差は無いのかもしれない。 しかしソ連が崩壊したことは良かった。 





 










映画「カティンの森」(アンジェイ・ワイダ監督 ポーランド 2007)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
映画「カティンの森」は、緊張してみてしまう、重い重い映画。 アンジェイ・ワイダ健在。 Dora_PaPa_san's_Pages/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる