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zoom RSS 映画「ミスター・ノーバディ」は訳の解らない映画だが、それでもなお、愛おしい、素晴らしい傑作。

<<   作成日時 : 2011/05/10 10:52   >>

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こんなに訳のわからない、SFの類の映画がキワモノにならず、なんとも切ない、愛おしいラブ・ストーリーであるとともに、パラレルワールドのどの人生も、思い通りにはならないけれども、だから一層、どれも意味のあるものなのだと語りかけてくれる。 最近にない傑作である。 

2092年、不死になった人類、最後に死を迎える人として注目を浴びるニモ・ノーバディは、ドクターの「思い出せ」の言葉に、生まれる前からの自分の姿を思い出す。 9歳のとき、両親の離婚で、列車に乗って去ってゆく母親を追って走るか、ホームに留まる父親と共に残るか、究極の選択を迫られた。 そして、列車より速く走って母親の手を握り、母親とともに暮らした世界で、アンナと切なくも哀しい恋に落ちるが貧しい放浪者となる世界。 ホームにとどまり、残った父親と暮らす世界では、エリースと結婚して暮らす世界、エリースにふられ、ジーンと結婚して裕福に暮らす世界が展開してゆく。 エリースと結婚したのち、すぐ目の前のタンクローリーの爆発でエリースを失い、骨を撒くために火星に来る世界、鬱となったエリースに翻弄される世界・・・・と、多くの選択(チョイス)に従って、それぞれの世界が進んでゆく。 ロジックツリーにしてもよいが、それは即物的すぎる。

どの選択をしても、人生はままならない。 退屈だったり、辛かったり、うまくいかない。 そして、どの道をたどっても、交通事故や水難に出会ってしまう。 その思うようにならない様子は、あまりに切なく、哀しい。 ビジネスに成功しても家族に問題がある。 愛する人とは会えない。 事故は突然やってくる。 ・・・・ 所詮、人生などそんなものだと、訳知り顔にいう

すべて9歳の男の子のイマジネーションで、存在などしていないのだ・・・というくだりがある。 だが、それは結論ではなさそうだ。  そのほかにも、一瞬でも気になる風景が次々でてくる。 バタフライ効果ででてきた人と風景は日本の風景のようだし、記憶を呼び覚まそうとするときのポピーの花園も美しい。 ブラジルの不景気のために、空から落ちてきた一粒の雨粒も美しい。 灯台を望む公園も美しい・・・・・。

また、うつくしい映像を覆う、リリシズムに溢れた音楽、特に、ピアノの音が、切なく、素晴らしい。

15歳のアンナ(ジュノー・テンプル)と、15歳のニモ(トビー・レグボ)の二人が、抜群に良い。 美しく、鮮烈だ。 アンナの顔が、誰かに似ているなぁとずっと思っていたら、「ほしのあき」かもしれない。 

ということで、品のある、素晴らしい映画、今年トップ10に入るのはまちがいない。 











映画「ミスター・ノーバディ」(ジャコ・ヴァン・ドルマル監督 フランス 2009)

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