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zoom RSS 映画「ビフォア・ザ・レイン」は民族間闘争の虚しさが荒涼とした風景にうつる

<<   作成日時 : 2012/09/28 05:40   >>

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マケドニア、ロンドン、マケドニアと続く、「言葉」、「顔」、「写真」と、三話のオムニバスとなっている。 三話は繋がっていて、時間的には、「写真」、「言葉」、「顔」の順番になっている。 マケドニア出身のカメラマン、アレックスは、各地の戦いの取材に疲れてマケドニアに帰る。 しかし、そこも、男たちが自動小銃をもっている世界だった。 

マケドニアの荒涼とした風景のなかで、アレックスは昔好きだった女性と出会う。 しかし、そこは昔の長閑な田舎ではなく、民族間の争いの場になっていた。 少女を助けたことで、アレックスは昔の仲間から銃撃されてしまう。 少女は山の修道院に逃げ込むと、言葉を発せず沈黙を守る若い修行僧にかくまわれる。 見つかってしまった少女は、射殺されてしまう。 なぜか、その現場写真をロンドンで見るアンは、アレックスと愛を交わす。 アレックスはマケドニアに帰ろうと持ちかけるが、アンはとりあわない。 ・・・ ?

3つの話は繋がっているのに、どこか、おかしい。 勿論、バグではなく、計算された矛盾だ。 

簡単に人を殺してしまう民族間対立は、どこの世界にも見受けられる哀しい性のようなものか。 アレキサンダー発祥の地、マケドニアの荒涼とした土地柄が意外だった。



映画「ビフォア・ザ・レイン」(ミルチョ・マンチェフスキー監督 イギリス/フランス/マケドニア;1994 )☆☆☆





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