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zoom RSS マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう」は、政治哲学の教科書としてすばらしい

<<   作成日時 : 2012/12/30 07:49   >>

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ハリケーン・チャーリーのとき頻発した便乗値上げは是か?  名誉負傷勲章は心の傷にはふさわしくないのか?  救済されたAIGが多額のボーナスを支払ったのは言語道断なのか?  救命ボートで漂流する4人のうち、3人の命を助けるために瀕死の1人を殺して食べたのは是か?  マイケルジョーダン1人だけ大金を手にするのはおかしいか?  自分の腎臓を売るのは自分の勝手なことか?  徴兵制より志願制がよいとアメリカ人は個人主義の伝統で考えるが、金で身代わりをたてるのと、金が無いから志願するのと同じではないか?  努力に報いる報酬は当然といわれるが、成果を得られなかった努力に対しても報酬は払われるべきなのか?  アファーマティブアクションによって、マイノリティが優先して大学に入れるのは不公正か?  車椅子をチアリーダーを拒否する本当の理由は何か?  障害をもつゴルファーがカートで移動するのは不公正か?  ナチスに占拠されたフランスの自分の村を爆撃すれば同郷の民間人を殺してしまうとして攻撃参加を拒否したパイロットは正しいのか? 同国人への福祉は認めても、外国人への対外援助とは区別して考えるのは道徳的に擁護できるのか?  犯罪者の兄弟を警察に売るのはどう考えるべきか?  妊娠中絶は?、幹細胞移植は? 同性婚と異性婚の承認の基準は? ・・・・・・ 

次から次に結論の出ないケースが出てくる。 サンデル氏はその場で答えは出さないが、どういう考え方があるのかを提供してくれる。 ペンサムの最大多数の最大幸福に代表される功利主義、 福祉よりも自由を重視し、国家が自由を阻害するすべての政策を拒否するリバタリアン、目的、動機を重視するカント、ロールズ、アリストテレス・・・哲学書はいつも殆ど理解できないが、サンデル氏の解説はケースに即して半分ぐらいは理解しやすい。
 
サンデル氏自身は、アメリカ社会にひろがる不平等に警鐘を鳴らしている。 それは、恐らく「正義」ではないはずだと、私もおもう。




マイケル・サンデル「これからの「正義」の話をしよう いま生き延びるための哲学」(早川書房 2011.11.25)☆☆☆☆
第1章 正しいことをする
第2章 最大幸福原理―功利主義
第3章 私は私のものか?―リバタリアニズム(自由至上主義)
第4章 雇われ助っ人―市場と道徳
第5章 重要なのは動機―イマヌエル・カント
第6章 平等の擁護―ジョン・ロールズ
第7章 アファーマティブ・アクションをめぐる論争
第8章 誰が何に価するか?―アリストテレス
第9章 たがいに負うものは何か?―忠誠のジレンマ
第10章 正義と共通善


サンデル氏の巧みな論説には、驚かされる。 何にも考えていないことが、あからさまにされてしまう。 例えば、

・ 便乗値上げ禁止法に反対する人々がいることに驚く、その論拠は、またも、市場だ。 市場は社会全体の福祉を増大させるとか、市場は個人の自由を尊重すると考えて、便乗値上げは当たり前だと考える人もいるのだ。

・ 2008年の壊滅的な損失の原因は、金融機関の経営者は自分たちの問題ではなく、津波のような圧倒的な経済の力にあるとする。 それなら、「以前の莫大な利益もそうした力のおかげだと言えるのではないだろうか」と、確かにうまいところを突く。 

・ ユダヤ人迫害や奴隷制など、公式謝罪に対する原理的反対論の根底にあるのは、われわれは自分がすることにのみ責任を負い、他人の行為にも、自分の力の及ばない出来事にも責任は無いという考え方だ。 この原理の根本は「自由」であって、他人に対する義務は、何らかの同意に基づく義務しかない、ましてや、生まれる前の過去の出来事に対して謝罪などありえない・・・と言う考え方だ。 しかし、「自己は社会的・歴史的役割はや立場から切り離せる」という誤った前提にたっている。 

・ 「愛国心に道徳的根拠があると考え、同胞の福祉に特別の責任があると考えるなら、・・・合意と言う行為に帰することのできない連帯或は成員の責務である」  さらに、「歴史的不正への集団的謝罪と補償は、自分が属さないコミュニティに対する道徳的責任が連帯から生み出されることの好例だ。 自分の国が過去に犯した過ちを償うのは、国への忠誠を表明する一つの方法である」 、「家族や同胞の行動に誇りや恥を感じる能力は、集団の責任を感じる能力と関連がある」・・・・ これらの言葉は、日本の慰安婦問題や、韓国併合について、それらを否定する日本人の「愛国者」と、極めて対照的な考え方であると言っても良い。


などなど、視点が豊富だ。


個々の哲学者や、その理論は、やはり、わかりにくい。 
全体の流れとしては、

・ 「正義を巡る古代の理論は美徳から出発し、近現代の理論は自由から出発するといえるかもしれない」そうだ。 だが、古代の理論とは、何を示しているのかはよくわからない。

ベンサムに代表される功利主義、リバタリアンの主張は理解できる。

・ 「べンサムは人命の価値を含め、われわれが大切にしている多種多様な物事を単一の尺度で厳密にとらえるために、効用という概念を考え出した」

・ 「リバタリアンは近代国家が一般に制定している三つのタイプの政策や法律を拒否する」
1. パターナリズム(父親的温情主義)の拒否・・・例 シートベルト着用義務法
2. 道徳的法律の拒否・・・売春、ゲイ禁止の法的強制に反対
3. 所得や富の再分配の拒否・・・他人を助けることを強要する法は拒否

リバタリアンの主張は、必ずしも保守のそれと一致しているわけではないと、初めて納得した。 金融や税金については、共和党保守に一致し、妊娠中絶や同性婚については、民主党リベラルに一致している。 


ここまではわかりやすいのだが、カント、ロールズ、アリストテレスの主張は、正直、やはりわかりにくい。

・ 「カントの考える自由な行動とは、自律的に行動することだ。自律的な行動とは、自然の命令や社会的な因習ではなく、自分が定めた法則に従って行動することである」 ・・・・ 更に、  「行動に道徳的な価値を与えるのは、義務の動機だ。 カントの定義によれば、それは正しいことを正しい理由のためにおこなうことである」

つまり、カントにとっては「動機」が重要らしい。  もっとわかりやすいのは、

・ 「他者を助けるという行動が、単にその行動がもたらす喜びのためなら、その行動に道徳的な価値は無い。 しかし他人を助けるのは人間の義務だと考えていて、その義務から手を差し伸べるなら、それによって得られる喜びは道徳的に不適切と言うことにはならない」・・・つまり動機が問題。 

ロールズはわかりにくい。

・ ロールズの格差原理・・・「天賦の才の持ち主には、その才能を訓練して伸ばすよう促すとともに、その才能が市場で生み出した報酬は共同体全体のものであることを理解してもらうのだ」・・・・つまり、「ロールズは生まれもった才能は本人が自力で勝ち取ったものではないという理由で、実力主義に基づく正義論を否定する」

まちがった言葉の使い方かもしれないが、ロールズは、たいへん道徳的な考えをしている。  さらに、アリストテレスに至っては、政治はたいへんな希望でもあるかもしれない。

・ アリストテレスにとって、政治の目的は、「効用を最大化することでもなければ、個人の利益を追求するための公平なルールを定めることでもなく、もっと崇高なものだ」



これらの考え方の相異は、いろいろなケースで整理されているから、普通の頭で丁寧に読む人なら、たぶん十分に理解できるのだろうが、私にはちょっとむずかしい。 たとうば、労働に対して。 

反復的で危険な仕事に対しての「正義」の考え方の相異は、・・・・・ 
・リバタリアン・・・労働者が労働と賃金を自由に交換したかどうかが決め手
・ロールズ・・・正義にかなうのは労働の自由な交換が公正な条件の下に行われただけ
・アリストテレス・・・労働が正義にかなうためには、その労働をする人の本性に適したものでなければならない

これで感じはつかめる。



小泉改革で、竹下平蔵氏がTV番組で語っていたシーンを思い出す。 
彼は、努力して成功した人に報いなければ(つまり税金を減らさなければ)、やる気が無くなり、ひいては、国の経済力も低下する・・・といった趣旨の内容だった。

ロールズやアリストテレスや、おそらくサンデル氏も、この考え方にはかなり異論がある。 

「私のスキルが生みだす利益の多寡は、社会が何を求めているかによって決まる」・・・つまり、マイケルジョーダンのスキルは古代では役にたたないし、ビルゲイツのスキルも丁度時代が合致したから成功したに過ぎない。 それにしては、富裕すぎるのではないか。

失敗した人は、そんなことは主張しない。 なぜなら、「実力主義の社会ではほとんどの人が、世俗的な成功と自分の価値を同一視している」から、成功者は価値ある人、失敗者は価値の無い人と、誤解するのだ。  努力への報酬なら、ジョーダンになれなかった沢山の選手にも報酬をあげなければならない。

努力のできる人であるのも、価値ではなく、幸運な偶然が重なったからです。





さて、サンデル氏自身はどうなのだろう。  

サンデル氏は、ロバート・ケネディの1968.3.18のカンザス大学での演説を記している。 その演説は、唯一、道徳的な政治への期待を感じさせるものだったらしい。 しかし、直後暗殺されてしまった。 彼が生きていたら、世の中は変わったかどうか、それは解らないけれどもと、慎重ではある。

サンデル氏は、同様に、オバマが、911後、ブッシュがアメリカ人に何らかの形での犠牲の共有を求めなかったブッシュを批判して語った言葉に、おそらく賛同している。

・「奉仕を求められる代わりに、われわれは買い物に行くように言われた。 犠牲の共有は求められず、その代わり、アメリカ史上まさにはじめて、戦時に、最も裕福なアメリカ人を対象に減税が実施された」

この批判は強烈であり、まったく正当な批判だと、私もおもう。 








そのほか、印象に残ったフレーズを記録しておこう。

・「ある社会が正義にかなうかどうかを問うことは、われわれが大切にするもの―収入や財産、義務や権利、権力や機会、職務や栄誉―がどう分配されるかを問うことである。」

・兵役は、国民全員が負うべき市民の義務なのだろうか、それとも・・・労働市場によってバランスが保たれているほかの仕事と同じく困難で危険な仕事なのだろうか。

・正義へのアプローチ・・・
@ 「福祉、すなわち社会全体の幸福を最大化する方法を考えることで、正義を定義し、なすべきことを見極める」
A 「完全な自由市場で財やサービスを自由に交換することが、収入と富の正義に適う分配につながると考える」
B 「道徳的な観点から見て人びとに相応しいものを与える―美徳に報い、美徳を促すために財を与えることを正義とみなす」

・分配の正義
1. 封建制度・・・生まれに基づく固定的な階級制度
2. 自由主義・・・形式的な機会均等を伴う自由市場
3. 実力主義・・・公正な機会均等を伴う自由市場
4. 平等主義・・・ロールズの格差原理・・・分配の正義は、道徳的功績に報いるという問題ではない


などなど・・・・

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