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zoom RSS 筒井清忠「昭和戦前期の政党政治 −二大政党制はなぜ挫折したのか」は詳細な記録

<<   作成日時 : 2013/02/22 08:25   >>

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1918.9に、政党政治初の原敬内閣が誕生してのち、1924.6 加藤高明内閣に始まり、1926.1 若槻礼次郎内閣, 1927.4 田中義一内閣, 1928.2 第一回普選, 1929.7 浜口雄幸内閣, 1931.12 犬養毅内閣、そして、政党政治の崩壊した1932 5.15事件に至るまでの政友会、民政党の二大政党政治の経緯を詳細に記録している。

あまりに詳細なので、却って全体感がわかりにくいところがある。 なぜ、二大政党政治が崩壊したのか。 要因は単純ではなく、さまざまな要因の集積だろう。 世界恐慌に対する、経済政策に有効な手立てがなく、むしろ、金解禁や緊縮財政などの失政が続いた。 民政党、政友会の議員に、多くのスキャンダルが続き、政党はダメというイメージができあがった。 若槻、浜口の二人は、それなりの資質だったが、時期が悪すぎた。 そして、政党にかわるもの、つまり天皇や陸軍など、第三極の存在があり、期待の矛先があった。 

メディアが果たした役割も大きい。 結局新聞は、戦争や事変があれば、売り上げが増大するので、戦争に加担しやすい。 政党に厳しく、第三極に期待して、結局軍部の台頭を許してしまった。  

ある程度の党利党略はつきものだから、足を引っ張るなと筆者は言いたいかもしれない。  それは妥当な意見だと思うが、田と前の好きなメディアは、その意見には与しないだろう。




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第1章 護憲三派と政党政治の新生−政友会の分裂から第二次加藤高明内閣まで
1. 大政友会分裂と護憲三派の形成
2. 政党政治の全盛期
第2章 「劇場型政治」の開始 −第一次若槻礼次郎内閣
1. 昭和史を変えた一枚の写真
2. 劇場型政治の帰結
第3章 天皇・非政党勢力・メディア −田中義一内閣
1.民政党の成立と本格的二大政党政治の開始
第4章 ロンドン軍縮会議という岐路 −浜口雄幸内閣
1. 疑獄事件の頻発と第二回普選
2. 天皇・宮中・メディアによって支えられた内閣
第5章 満州事変と政党政治の危機 −第二次若槻内閣
1. 追い詰められていた陸軍
2. 陸軍の台頭とメディアの大旋回
第6章 政党政治の終焉 −犬養毅内閣
1. テロの続発と政党の危機意識欠如
2. 五・一五事件と政党内閣の終焉





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