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zoom RSS マイケル・サンデル「それをお金で買いますか―市場主義の限界」は吃驚するほど金が全ての話

<<   作成日時 : 2013/02/06 07:03   >>

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行列に割り込む、インセンティブ、いかにして市場は道徳を締め出すか、生と死を扱う市場、命名権・・・と5章に渡って、 これでもかと、市場主義、商業主義が、生活の隅々まで浸透してゆく様をみせつけられる。 売る側と買う側、どちらも自発的な行為で、合理的に効用を最大化することのどこが悪いという主張に、それは違うんだ、・・・と抗するのはなかなかむずかしい。


「経済学者にとって、財やサービスを手に入れるために長い行列をつくるのは無駄にして、非効率であり、価格システムが需要と供給を調整しそこなった証拠」だから、金を払って行列の先頭に並ぶのは、全く理にかなっている。 空港の手荷物検査所のファストトラック、遊園地の優待パスの出現で、「行列が巨大な平等化装置だった時代は終わってしまった」。

エリートコールセンターや、行列代行会社が公聴会の席を取るために行列に並ぶことで、一方的なロビー活動に利用されていることなど、問題を感じさせるが、医者の予約券の転売、コンシェルジュ・ドクターなど医療に関わると、支払い能力の差異によって、順番が決まるのは、良いことと思えなくなる。 しかし、現実には、それも仕方ないという認識が、いまや蔓延している。 


“incentivise”という言葉は、昔は無かったが、いまは大統領や首相のスピーチにも頻出するようになった。 それは、経済学者スティーヴン・レヴィットの「経済学は根本的にはインセンティブの研究である」との言葉にあるように、経済学も変質してきたからだ。 スピード違反の罰金は、考えかたによって、料金に変質する。 サンデル氏の「正義」にも出てきた、保育所の遅刻の例がここでも挙げられている。 遅刻は罪だったのに、罰金を徴収するようになって、それが料金とみなされ、却って遅刻が増えた。

金銭的インセンティブは教育改善の鍵だとする見方が、ますます広がり、効果を上げている例もあれば、効果が認められない例もある。  しかし、インセンティブによって、何かが変質するのは確かだ。 「市場の範囲が生活の非市場的領域に広がれば広がるほど、市場はますます道徳的問題にかかわることになる」が、それは証明することが難しいように、私には思える。

”お金で買えないものを大事にして、お金で買えるものはカードで”と訴えるCMを思い出す。 サンデル氏は、お金で買えないものと、お金で買えるがまず間違いなくそうすべきでないものを分けている。 しかし、その区別は明確ではない。後者の場合、善は売られてもなくなりはしないが、結果としてはほぼ確実に堕落したり、腐敗したり、減少したりするともいう。

プレゼントの現金化が進んでいる。 経済学からみれば、プレゼントはもらった人の満足が高いとは限らないのだから、現金の方が効用は最大になると言う。 ウォルドフォーゲル氏は、その不満足度を20%と想定し、クリスマスプレゼント650億ドルの20%分、130憶ドルは、無駄な金だと見るわけだ。 しかし、普通の人は、プレゼントにはそういう効用だけではないと知っている。 

こんな例も挙げられている。 スイスの小さな山村で、核廃棄物の貯蔵場所について、51%の村民は賛成した。 ところが、村民一人ずつ補償金を払うと提案したら、賛成は25%まで減った。公共心できめたことに、賄賂がからんでしまったため。 「本質的に価値があると思う活動に携わっている人々に金銭の提供を申し出ると、彼らの内因的な関心や責任を「締め出す」ことによって、動機を弱めることになりかねない」  ・・・  つまり、金銭によって意味が変質するのだ。 日本の原発の地元は、おしなべて公共心ではなく、賄賂によって成立しているのではないか。

生命保険を買い取り、他人の死に賭けるライフセトルメント業界が伸びているらしい。 生命保険は長く生きる方が保険会社は儲かるが、バイアティカルは、死は早ければ早いほどよいから、生命保険とは真逆のものだ。 生命保険機関投資家協会のミッションは、「寿命・死亡関連市場」向けに「斬新な資本市場の手法」を創造することである。これは死の賭けの市場を上品に言い換えた表現だった」 

住宅ローン証券に変って、死亡債はさまざまな病気の保険証券をひとまとめにするので、どれかの病気にたいする治療策ができたとしても債権価値は暴落しない・・・という、まことに安全な証券化だ。 なんともはや・・という感じだ。

日本でも自治体や競技場が命名権を売る手法はかなりポピュラーになっている。 野球でホームベースに滑り込むごとに広告メッセージのアナウンスを義務付けるスポンサー権、、これはCMとは違うものだ。 デレク・ジーターが記録を達成した時、ジーターの踏んだ土も売りに出された。 昔は選手のサインは無料で少年たちの憧れの的だったが、いまでは商品だ。 それらのグッズを認証する役割の人や認証のマークもできた。 

球場にはスカイボックス席ができて、昔は貧富の区別なく、ファンが一体となって応援していた球場は、いまは、壁を作っている。 人間の額を広告スペースとして売り出す人もでてきた。 企業がパトカーのスポンサーになって、広告をパトカーに掲載する例も出てきている。 刑務所での広告、弁護士の広告は、ピッタリだし、通知表にまで広告スペースを作って売りだした学校もあるという。  

どれも背に腹は代えられないと、売れるものは売って費用の足しにしようと、別に悪意がある話ではない。 しかし、誰が好き好んで自分の額を広告スペースにするか。 そうでもしなければならないところまで追い詰められているというのもあるのだろう。 


市場主義が生活の隅々まで行き渡り、確実に何かが変質し、こわれてゆく。 マイケル・サンデル氏は、市場主義の行きつく先は、我々の求める世界とは違うと主張。 私にも、ついてゆけない世界だ。




マイケル・サンデル「それをお金で買いますか―市場主義の限界」( 早川書房2012.5.10)☆☆☆☆☆
序章 市場と道徳
第1章 行列に割り込む
第2章 インセンティブ
第3章 いかにして市場は道徳を締め出すか
第4章 生と死を扱う市場
第5章 命名権






それをお金で買いますか??市場主義の限界
早川書房
マイケル・サンデル

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 世の中には、お金で買えないものがあります。  私を含め多くの人びとは、そう教えられており、そう信じてきました。 ...続きを見る
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