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zoom RSS 岡谷公二「神社の起源と古代朝鮮」・・・日本固有と思われた神社も新羅からきたものか?

<<   作成日時 : 2014/02/09 19:44   >>

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あまり詳しくない業界だが、常識的な説なのか、それとも、物議を醸す説なのか、定かではない。 湖西地区、出石・城崎、敦賀、出雲、大和三輪、香春・宇佐の神社・古跡を訪ねながら、記紀、風土記、多くの研究者の成果を踏まえて、神社の起源は新羅にあるのではないかという説を紹介している。 

山陰の出雲のあたりは、直接朝鮮半島から渡来してきた人が鉄などを広めた、その痕跡が多いらしい。 そして、出雲から東遷して、大和三輪まで砂鉄を求めて広がったという。 しかし、それが邪馬台国であって、神武東征の勢力で潰されたという村井氏の説には、必ずしも賛同されていないようだ。 
 
素戔鳴尊を祭神とする神社は全国に8000あるが、素戔鳴尊は、新羅の神だと言う説は大方異論がないという。 八幡神社も新羅が起源という。 更に高天原は、新羅の都慶州だと言う説も有力という。  スサノヲ・スサソウは古朝鮮語のススング・スサングからきているという・・・・素人目には、大した根拠じゃないなぁと思うのだが、考古学はそんなものなのだろうか。

仏教をもたらした百済との関係はかなり日本でも受容されていると思うが、それ以前の新羅の神社との関係は、あまり認識されていない。 神社は日本固有のものという概念も強いし、白村江の戦い後大挙して日本に来た百済の民が、日本書紀の編纂に参画して敵の新羅の色を消したからとも言う。 

「どこをどうみても、神社に関しては新羅が眼につく。式内社について言うならば、近江のそれは百四十二社、その約二割が渡来系で、そのうち八割が新羅系なのである」・・・そして、「新羅の仏教公認(527)は、高句麗、百済に比べると一世紀以上遅れており、その分、古来からの信仰が深く根づいていたわけで、近江に限らず、神社一般に関して百済よりはるかに新羅の色が濃いのはそのせいである」・・・どちらにせよ、朝鮮半島からの渡来なら、新羅でも百済でも大差ないように思うのだが、そうでもないのだろうか。。。


どちらにしても、本当のところは誰もわからず、確定的なことは誰も言えない。  しかし、国家のなかった縄文・弥生の時代、半島と北九州・山陰地方は行き来が盛んだったのだろう。 神社が新羅から渡来したもので、日本固有のものでなくともよいではないか。  渡来してから一千年以上、育ててきたのは日本なのだから。 

現在のように、お互いに、反日・反韓を応酬していると、この本のような学術的研究も政治的に判断されてしまう恐れはある。神社は日本固有の者だと反発する日本人も多いだろうし、それみろ、文化は全て朝鮮半島から伝わったんじゃないかと誇る韓国の人も多いかもしれない。 しかし、どちらでもよいじゃないか・・・と、私は思う。 民衆レベルでは、本当は、国家などどうでもよいのだ。。。



岡谷公二「神社の起源と古代朝鮮」( 平凡社2013.11.15)☆☆☆☆
第一章 近江への旅
第二章 天日槍の問題
第三章 敦賀という場所
第四章 出雲と新羅
第五章 三輪信仰の謎
第六章 新羅から来た神 −宇佐八幡をめぐって−
第七章 慶州の堂






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