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zoom RSS 瀬木比呂志「絶望の裁判所」

<<   作成日時 : 2014/09/20 11:04   >>

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「絶望の裁判所」とは、よく名付けたものだ。 確かに絶望的な裁判所であり、裁判官の集団だとわかる。ご本人もちょっと変わった方なのかもしれないが、私も好きな「エリナーリグビー」などをあとがきに記すくらいだから、裁判官だったにしてはまともな方なのだろう。

最高裁と事務総局の裁判官に対する官僚支配が強く、異議はおろか、異論すら許さない。 昔の青法協の弾圧が終わったあと、筆者のような単なる自由主義者や学者の裁判官も異端になってきたのだろう。 最高裁と事務総局は、当然、官僚そのものであると同時に政府寄り、自民党寄りであるから、判決そのものも、民主主義的ではない。

日本には殆ど憲法判例がないと指摘する筆者が問題にする判決は、一票の価値の格差問題、ポスティングを住居侵入罪で処罰する問題、交通事故損害賠償額の逸失利益を年5%で中間利息控除すること、いかに騒音が大きくても空港騒音の民事差し止めは認めない・・・という例を挙げる。

確かにそうだ。 ポスティングの問題は「これが憲法問題でなければ何が憲法問題なのかといっていいくらいの、まさに表現の自由に関わる典型的な行動であると考えるべきなのである」 と思うし、

空港差し止め訴訟は小法廷で限定差し止めを認める方向が決まっていたのを、なぜか大法廷に回付され、明らかに政治的判決となった。  差し止めを一切認めない理由づけに「航空行政権」に関わる事柄だからと言う。  こんな理屈なら国の事業はすべてそうなる。 

現場の裁判官は、「精神的奴隷に近い境遇にありながら、どうして、人々の権利や自由を守ることができようか」という状態だから、もう、期待はできないのだろう。 

裁判官のなかでも、民事系と刑事系があり、裁判員制度は刑事系裁判官の勢力を挽回し、維持するためのものと、バッサリ切り捨て、同時に、現在の裁判官制度の問題点を丁寧に記述している

最高裁、高裁、地裁の話題だけでなく、家裁の話題にも若干言及している。 面白かったのは、私も好きだったマンが「家裁の人」を取り上げ、漫画の主人公であるスーパー良い人の桑田判事よりも、自分が桑田判事と思い込んでいる人の方が圧倒的に多いと、そんな人にパターナリズムを発揮されたら困るでしょと、指摘している。  確かにそうだ。

絶対に痴漢冤罪などにひっかかって、裁判官に接することの無いよう、気をつけようと、思いを新たにした。




瀬木比呂志「絶望の裁判所」( 講談社現代新書2014.2.20)☆☆☆☆
第1章 私が裁判官をやめた理由
第2章 最高裁判事の隠された素顔
第3章 「檻」のなかの裁判官たち
第4章 誰のため、何のための裁判
第5章 心のゆがんだ人々
第6章 今こそ司法を国民、市民のものに



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