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zoom RSS 猪熊弘子「「子育て」という政治」

<<   作成日時 : 2014/09/21 17:17   >>

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情報システムと並んで保育は私にとって興味の尽くせぬ領域だ。 いま二歳児を保育園にお迎えに行き家まで届ける有償ボランティアを実施中だが、保育園のなかにはいった途端、子どもたちの笑顔と声に自分の顔も笑いに崩れてゆくのがわかる。

そんな可愛い幼児がネットで依頼した保育者に殺されるという事件があった。母親はメディアから散々非難されて、第一声が「このたびは世間をお騒がせして申し訳ありませんでした」だった。 「彼女は愛するわが子を殺された被害者だ。 被害者が、世間に頭を下げなければならないとは、この国はいったいどうなっているのか」と、猪熊氏は憤る。メディアも保育の実態がわかっていないと。 貧困は保育をいっそう困難にしてゆく。 誰が好き好んで、夜間も見ず知らずの男に保育を依頼するだろうか。 他に道もなく、相談する人もいなかったのだろう。 児童福祉法24条は、保育の実施を自治体に等に義務付けているが、そこには沢山の抜け道があって、結局、小学校のような権利、義務にならないのだ。 

横浜市は林市長の強い意志で、保育予算の破格の増額、多数の認可保育所の新設、認可外保育施設や民間の施設を利用した乳幼児一時預かり事業、幼稚園の預かり保育など、 待機児童ゼロのための施策を実施した。 そんな努力を重ねても、担当者や市民は、待機児童がゼロになったという気がしないようだ。 なぜなら待機児童の計算には、いろいろな例外が認められているからで、その解釈が自治体によって異なるからだ。 例えばハローワークに行かず家でネットで求職活動している母親の子は待機児童にカウントされない。 また、保育ママ等の一時保育を受けていてもカウントされない・・・。だから、待機児童が少ないといっても定義次第で期待できないのだ。


2015年4月に導入される「子ども子育て支援新制度」は消費税増税10%を原資とし更に予算投入が計画されていたが、結局、保育士の待遇改善など質の向上のための予算をはじめ、どんどん削られてゆく。 保育は政治そのものだ。 


そのほか、気になった覚え書き


保育所保育指針と幼稚園教育要領が求める教育は、2008年にほぼ同じものになった。幼稚園か、保育所かの違いよりも、むしろ個々の園の差の方が大きい。  

「保育の仕事は「感情労働」だ。人と接することの喜びを感じられない職場では、続けていくことができない」

(舛添が公約した)「駅近・夜遅」の保育所も、「新築高層ビル」の保育所も、どちらも「親の便利」を優先し、「子どもの不便」に値する保育所と感じるが、それを選んだのは都民

保育所は児童福祉法39条に基づいて設置運営されている児童福祉施設
児童福祉法24条で「自治体の保育の実施義務」が定められている
24条1項には、但し書きがあって、いろいろ事情があれば「適切な保護」を測らなければいけない

「日本の子育て施策が、「エンゼルプラン」に始まることを説明したが、いずれもその時の内閣、つまりはそのときの首相の考え方によってきめられてきたと考えられる。私たちの子育てを決めているのは、実は政治なのである」



猪熊弘子「「子育て」という政治 少子化なのになぜ待機児童が生まれるのか?」(角川SSC新書 2014.7.25)
第1章 横浜市「待機児童ゼロ」の真実
第2章 「待機児童」の歴史
第3章 待機児童はなぜ生まれるのか?
第4章 待機児童と保育事故
第5章 「保活」の現実
第6章 「待機児童一揆」はなぜ起こる?
第7章 保育士不足と待機児童
第8章 保育所という「命綱」
第9章 保育新制度は子育て世代を幸せにするか?




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