Dora_PaPa_san's_Pages

アクセスカウンタ

zoom RSS 朴裕河(パク・ユハ)「帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い」

<<   作成日時 : 2015/01/18 12:49   >>

トラックバック 0 / コメント 0

韓国人大学教授による慰安婦問題に関する解説と提言。 韓国語版が2013年8月にされ、筆者の期待したほどの反応が無く、シンポジウムを開催したらしい。 その後やや話題になったが、支援団体から、元慰安婦の名誉を棄損したと訴えがあった。 この日本語版と同じ内容ならば、確かに、韓国の支援団体の考え方や行動に厳しい内容である。 

私には、この問題は、あまりにも日韓双方の極端な考え方の乖離があって、正直、モノ言えば唇寒しの感もある。 もっと違う考え方があるのではないかと思うが、何か書けば、反韓国の人からのブーイングが舞い込みそうな気がして気が重い。 韓国でも、おそらく、日本の主張に賛同などしたら、何を言われるかわかったものではないのだろう。

筆者の主張は、一見、日本の主張に沿ったようにもみえる。 日本軍の関与よりも仲介業者の過酷さ、元慰安婦の過酷な体験の中に、兵士との交流もあり得たなどケースは多様であって、韓国支援団体の単一で公式な「記憶」ばかりではない・・・・など。 日本の法的責任を問うのは難しいとか、 更に、挺対協の主張をそのまま受け入れた、韓国最高裁の判断も批判、 ソウル日本大使館前や米国に設置した慰安婦像も誤ったイメージであると、批判している。 韓国支援団体の活動は、多様な元慰安婦の記憶を捨象し、たったひとつの、暴力的に強制された、少女の被害者という記憶にしてしまうことによって、問題の本質や解決からはなれ、日韓の関係悪化を更に深めてしまったと批判する。

結論的に言えば、だからといって、日本の慰安婦問題否定論者は、それみたことかと喜んだり、都合のよいところだけ引用するのは、筆者の趣旨に反するだろう。  筆者は、日本の否定論者が言う、「売春婦」の自発的営業という記憶をも否定して、批判しているからだ。 更に、もともとは、韓国併合・植民地化そのものに、慰安婦問題の構造的責任があると、厳しく批判しているからだ。

いずれにしても、いまの平行線のままでは解決は難しく、日韓双方にとって、プラスではない。 早急に、双方の単一の記憶をやめ、多様な意見を採り入れて、議論を再開すべきだろうと提言している。  それは正しいが、実現は一体全体、可能なのだろうか。 



エッセンスは上記のようなものだが、内容は豊富である。 細部に筆者の主張が隠れているかもしれない。  後ろに、印象に残った細部を、引用しておく。


朴裕河(パク・ユハ)「帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い」( 朝日新聞出版2014.11.30)
第1部 慰安婦とは誰か―国家の身体管理、民間人の加担
 第1章 強制連行か、国民動員か
 第2章 「慰安所」にて―風化する記憶
 第3章 敗戦直後−朝鮮人慰安婦の帰還
第2部 「植民地」と朝鮮人慰安婦
 第1章 韓国の慰安婦理解
 第2章 記憶の闘い−韓国編
 第3章 韓国支援団体の運動を考える
 第4章 韓国憲法裁判所の判決を読む
 第5章 <世界の考え>を考える
第3部 記憶の闘い ―冷戦崩壊と慰安婦問題
 第1章 否定者を支える植民地意識
 第2章 九〇年代日本の謝罪と補償を考える
 第3章 ふたたび、日本政府に期待する
 第4章 支援者たちの可能性に向けて
第4部 帝国と冷戦を超えて
 第1章 慰安婦と国家
 第2章 新しいアジアのために


<日本の法的責任について>

・慰安婦たちを連れて行ったことの「法的」責任は、直接には業者たちに問われるべきである。 ・・・ 需要を生み出した日本という国家は、批判はできても「法的責任」を問うのは難しい。  

・ だからといって、国家がしたことの補償ができないということではない。 米国は日本人収容所で補償している

・「たとえ一部でも軍が慰安婦や慰安所を管理したことが確実である以上、慰安所に対する軍の責任は否定できない。 それでも、その責任が「法的責任」かどうかについては考える余地があるだろう。」

・・・・・ この考え方は、私には、穏当な考え方のように思える。



<業者について>

・(朝鮮人の中にも悪い人はいるという)「その声は、支援者たちには無視され、否定者たちには責任転嫁の材料にしか使われなかった。」

・「謝罪」というものが、「憎しみ」を解くための応答の行為なら、韓国(および北朝鮮)の中にも慰安婦たちに「謝罪」すべき人たちはいる。

・「軍が慰安婦募集過程でだましなどの違法な行為を取り締まろうとしたのは、軍が無関係であることを示すのではなく、いわば消費者側による商品品質の<管理>に当たる。」

・「たとえ軍が募集に直接関わっていないとしても、そのことが即、軍の関与がなかったことになるわけではないのである。」

・・・・・ この考え方も、私には、穏当な考え方のように思える。  併合・植民地化には、抵抗者も協力者も、機に乗じて儲けようとする人も必ずいるだろう。 日本と韓国がもし逆の立場になっても、それは存在するだろうと思う。 



<挺身隊と慰安婦の混同について>

・(挺身隊と慰安婦との)「このような混同を生みだしたのはまずは業者の嘘によるものだったはずだ。 「挺身隊に行く」と偽って、実際には「慰安婦」にするために戦場に送るような嘘である」 ・・・ 「運命の女性たち自身や周りの人々、そしてその家族をその構造に入りやすくする、無意識のうちに共謀した<嘘>でもあった。 そこで行われている最後の段階での民族的蹂躙を正視しないためにも必要だった、<民族の嘘>だったのかもしれない」 

・「韓国での慰安婦のイメージが「少女」に定着したのは、挺身隊と慰安婦を混同したせいでもあるだろうが、先の「二十万人説」と同様、そのことが韓国の被害意識を育て維持するのに効果的だったための、無意識の産物だったと考えられる」

・・・・ 強制的な徴用だった挺身隊も、慰安婦も、私には、結局のところ、併合・植民地化が全ての端緒だったと思える。 だから、混同は正すとしても、日本としては、あまり変わらないのではないだろうか。



<植民地、そして日本人としての朝鮮人>

・「朝鮮人慰安婦と日本軍兵士は、双方とも、戦争のための国民動員という国家システムの中で動かされた将棋の駒だった」

・アジア諸国では記憶されているこのような事実(朝鮮人慰安婦が日本人に次ぐ地位としてインドネシア人や中国人を雇った)が、韓国の中で<公的記憶>になっていないのは、韓国がこれまで植民地時代ときちんと向かい合ってこなかったからである。 」

・「実際は少女像は、差別されながらも戦争遂行の同志だった記憶や許しの記憶を消去したまま、恨みだけを込めた目で、日本に対する敵対状況に連なることを要求する。 したがって、(日本軍より業者が憎い)とする慰安婦もそこには存在しえない。 結果的にそこには<朝鮮人慰安婦はいない>」

・・・・ 韓国は、併合に向き合っていない。  日本は、併合も含めて、あの戦争とその責任に向き合っていない。 似た者同士ではないか。  そんなことを言ってもしかたないが。  



<日本の否定論者>

・「植民地支配の内実が実際には良い統治だったと強調する人も日本には多い。 しかし、たとえ相対的な<善政>があったとしても、それはあくまでも体制に抵抗しない人々に限ることでしかなかった。 逆に言えば、日本の統治が<穏健>だったのは、日本国家への服従が前提とされていた空間でのことだった。」

・「公娼が「存続していたのは、日本・オーストリア・イタリア・スペイン等の国」だった。 当時は常識だったと考える人たちもいるが、公娼制度が「世界中どこでもありふれていたとはとうていいえ」ないのである」

・「慰安所の利用を常識とし、合法とする考えには、その状況に対する恥の感覚が存在しない。 しかし、一人の女性を圧倒的な多数の男性が欲望の<手段>としたことは、同じ人間として、恥ずべきことではないだろうか。 慰安婦たちが尊厳を回復したいと言っているのはそのためでもある。 彼女たちの羞恥の感覚はおそらく、人間ではなく、<もの>として扱われた記憶による」


・・・・ 日本の否定論者の言説は実はキチンと読んだことがない。 みな売春婦というのが、その説だとしたら、やはり、それも極論なのではないだろうか。 売春は最古の職業だとか、どこにだってある、とか言って合理化するのは、やはり男性が女性を、モノとしてしか見ていないからである。 動物にだって、強姦や売春はあまりないだろう。 



<そして・・・>


・「国家は戦争に国民を動員し、男性の身体(生命)のための法は用意しましたが、女性の身体(性)のための法は用意しなかったのです」

・「慰安婦問題を論じるにあたって、物理的な強制連行なのか、純真無垢な少女なのか、売春婦なのかの議論は、もうこれ以上重要ではありません。 実際に元慰安婦の経験を見ると、その経験の残酷さは、そうした<原点>とは何の関係もないことが明らかになっているからです」
 
・・・・ 確かに、傷痍軍人には恩給が出るらしいが、軍属にはどうなのだろう。 慰安婦には出ないだろうな。 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
朴裕河(パク・ユハ)「帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い」 Dora_PaPa_san's_Pages/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる