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zoom RSS 桜井哲夫「一遍と時衆の謎」

<<   作成日時 : 2015/03/01 11:03   >>

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品川は旧南馬場付近に時宗の寺海蔵時がある。その前をよく通るのだが、時宗の寺はあまり見ないし、時宗=一遍としか知らない。 簡単に時宗を知りたいと思い、手にとってみた。 やや専門的すぎたが、いくつかのキーワードは得た。
一遍は伊予の国を旅立ち、諸国を旅しながら、16年間で、25万人以上の信者に念仏札を与えた。 遊行上人ともいわれ、上人自身が直接念仏札を与え、念仏踊を薦めるのは、極めて異例で人気の高いものだったらしい。時は元寇のあたり、鎌倉七里ガ浜でも念仏踊が設けられたそうだ。一遍とともに諸国を歩いた人々のことを時衆と呼び、そのご教団として時宗になったらしい。
。 
柳宗悦は、「彼は一切のものを撰捨して、只六字だけを残した。 彼には「選択集」もなく、「教行信証」もないのである。(中略) ここが彼の最も偉大なる所以であって、彼は法然の如く寺に止まった僧でもなく、親鸞の如く非僧非俗でもなく、一切を捨てた聖として、その全生活を遍歴遊行に送った」と記す。 一遍は武家の出で、妻もいたが、すべて捨て去り、一代限りとして、本も創らなかった。

唐木順三は、「然し一遍は我々にあまり知られていない。知られてはいないが、この捨聖と呼ばれた遊行僧は実に徹底した行者であり、法然や親鸞の他力を更に徹底させた人であった。このひとはもっと知られなければならない」と書いている。

一遍の言葉に、「信不信をえらばず、浄不浄をきらわず」、「凡夫の心には決定なし。決定は名号なり」がある。・・・ 「社会的身分差別も男女差別も宗教上の穢れも習俗的な穢れもすべて乗り越え」て、三心(至誠心、深心、回向発願心)などなくとも、信心など、心のあり方に依存することなく、ただ名号、南無阿弥陀仏だけで往生する・・・という、法然、親鸞を超える思想(?)だ。

一遍の歌に、おもしろい歌があった。 「こころより こころをえんと こころえて 心にまよふ こころなりけり」・・・「心とは何か 自分の心のなかにこれがわが心だと思い込んだものを探し求めても、いったいどこにそれがあるのか分からず迷う。心などと言うものは実はだれにもわかりはしないものである」





桜井哲夫「一遍と時衆の謎」(平凡社新書2014.9.20)
第一部 遊行・一遍上人と時衆
1. 「大菩薩峠」の「遊行上人」
2. 戦前期における「一遍」と「時宗」
3. 戦後の「一遍」と「時宗」
4. 阿弥衆の謎
5. 「世阿弥」と「お国」
6. 網野史学と「時衆」
第二部 「一遍聖絵」の世界
1. 「一遍聖絵」
2. 出生から再出家まで
3. 旅立ちから熊野まで
4. 遊行の旅へ
5. 時衆の誕生
6. 京都に入る
7. 旅のなかで
8. 入寂の地へ
結びにかえて


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