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zoom RSS 森達也・礫川全次「宗教弾圧と国家の変容」

<<   作成日時 : 2015/04/15 17:02   >>

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森達也・礫川全次両氏の対談集となっている。 対談だから読みやすいが、論が整理されにくいという点もある。
おふたりが問題としているのは、オウム真理教の事件の解明ができていないこと、麻原彰晃の法廷は異常であること、オウム真理教事件以後、日本社会の集団化、同質化が進んだこと、そして、全体としてオウム真理教に対する宗教弾圧という見方もありうること・・・のように見受けられた。

確かに、「日本の司法もメディアも、社会全体が惹起したオウムへの強烈な憎悪と忌避感情に圧倒されて、これを解明するという任務を放棄した」と言われれば、そのとおりだろう。 オウム=悪で思考停止したままだ。 あれだけの高学歴の優秀な(はずの)若者たちが、なぜ、あんな麻原彰晃なんかに騙されたのだろう、という疑問をだれしも持つが、それが解明されることなど、誰も期待していない。

森氏も礫氏も、麻原彰晃は、「宗教家として相当なレベルにいたことは確か」だから、若者たちがついていったのだろうと見ているようだ。 確かに、あの外見でもついてゆくのだからどこか魅力があったのだろう。

真相を解明するには、麻原彰晃の証言が必須なのに、麻原は沈黙している。 しかし、それは実は沈黙でなくて、「今は、100%、麻原彰晃は、一審の段階で壊れていたと断言します。でもこれを指摘すると批判されます」と、森氏は言う。 精神鑑定の必要性を認め地裁は一度ただひとりの精神科医の所見を採用した。 それは詐病であって、控訴趣意書を提出する予定の前日、一審で死刑が確定したのだ。 弁護側の精神科医は、多くは、拘禁障害とみていたのに、である。 オウムは異質であり、排除すべきものであり、麻原は始めから死刑確定だった。

異質なオウムを見て、社会の不安は一層強まる。 「不安や恐怖が高まると人は群れたくなる」し、「多数派であることを実感するための手早い方法は、まずは自分たちとは違う少数派を見つけることです。 見つけてこれを罵倒したい。 排除したい」、その結果のオウムたたきであり、その延長に、ヘイトスピーチなどのレイシズムがある。

異質なものを恐れ、排除し、集団化することが繰り返される。 「アカ」攻撃、「邪宗」攻撃、「非国民」攻撃など、メディアが国民の間にある草の根的な排除意識を煽り、権力がそれに乗るという構造が、現在もつづいているわけだ。 

それらは、間違いだといつかはわかる。 しかし、「大きな間違いを犯しながら、結局は自分たちに絶望しない。嫌なことから目を逸らす。 誇り高き民族だとか、気高い精神とか、そういった意識を戦後もずっと保持し続けてきた。だからこそオウム真理教事件についても、彼らは例外的な存在なのだと思いたいわけです」

たとえば、第二次大戦だの日本と、日本軍の所業である。 お二人は語る。 「虐殺の事実を公開することが、国益を損なう訳ではありません」。 それを直視して対応すればよいのに、なかったことにする。 「今の日本人は、都合の悪いことや自分たちの過ちから目をそらす傾向がとても強い」。 「自分たちに絶望しない」のだ。 

日本はなぜ戦争を選択したのかについても、明確な追求がない。 「東京裁判で陸軍と海軍が責任のなすり合いをしたことは有名です。 結局はその程度だと思う。 その程度で集団は失敗します」 面義を尽くし、選択肢を評価して、誰かが決断して進んだわけでもない。  オウムの事件もそうかもしれない。 弟子たちは麻原を、麻原は弟子たちを、相互に忖度して、同調していっただけで起きた事件かもしれない。 

そういういい加減さの例として、大東亜共栄圏の実質を決めるための大東亜建設審議会の設置決定したのは、なんと、日米開戦の後、1942年2月.21日だという。 つまり、随分と曖昧なままだったわけだ。 

「自分たちの加害行為は自虐史観だとして目を逸らし、「誇り高い」とか「気高い」などの形容詞がついた日本人論ばかり好むようになる」・・・・確かに最近の空気である。

お二人の対談には、国家と宗教の話も尽きない。 

親鸞の、「縁がなければ人は一人も殺せない。でも縁があれば千人でも殺せる」、という言葉、関係性について、吉本隆明の言葉なども、よくわからないが興味深い。 






森達也・礫川全次「宗教弾圧と国家の変容」(批評社2015.3.10)
0. はじめに
1. 死刑を待望する人々
2. ネットメディア・権力
3. 転ばせ公妨と不当逮捕
4. オウム事件と謀略論
5. 麻原彰晃とは何者か
6. 壊れてしまった麻原彰晃
7. なぜ麻原彰晃は壊れたのか
8. キーパーソン・井上嘉浩
9. 異質なものを排除する構造
10. なぜ映画「A」だったのか
11. なぜ過ちを直視しないのか
12. 麻原彰晃だけは別格
13. 国家と宗教の相克
14. オウム真理教とメディア
15. 宗教と戦争責任
16. 国家は宗教化する
17. オウム事件の不透明部分
18. オウムを表現する
19. 組織とイデオロギー
20. オウム法廷の異常性
21. カルトか宗教か
22. メディアと冤罪


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