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zoom RSS 内海愛子・大沼保昭・田中宏・加藤陽子「戦後責任 アジアのまなざしに応えて」・・・日本人必読の書

<<   作成日時 : 2016/03/10 09:55   >>

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初めて知ったことがたくさんある。 日本人必読の書だと保証できる。

連合国との講和、サンフランシスコ条約には植民地人の国籍選択権など通常あるはずの国籍条項がない。 日本人であった朝鮮人、台湾人から一片の通達で国籍をはく奪した日本。 

「とにかく在日朝鮮人は厄介者だから朝鮮半島に帰したい、残った人については、まず彼らを外国人にしてしまえば治安対策としても統制しやすいし、あらためて帰化申請をさせることで、そのときにいろいろ条件を付けて選別できる」と考えた吉田茂が「在日朝鮮人は邪魔者だから早く帰国させてほしいとマッカーサーに要請した手紙が残っていた」ということだ。 しかし、「南朝鮮の米軍政庁は、こつちもたいへんな状況なのでそんな厄介物は送り返してくれるなといっている」と、米国も韓国もひどい。

150万人の朝鮮人は南朝鮮に帰国したが、持ちかえることが許された所持品と所持金は非常に限られていた。  所持金は一人1000円以内だった。 「持ち帰りの財産をぎりぎりまで制限しておいて、「帰国したければどうぞ」ということは、ほとんど自殺しに故国に帰りなさいと言うのに近い「選択肢」でしかなかった」 


「1952年7月、最高裁の大法廷が、刑を受けたときに日本国籍であるものは、その後国籍に変更があっても刑の執行に影響はない、だからそのまま入れておいてよいという判決を出した。もしそう考えるのなら、戦争のときに日本国籍であった朝鮮人や台湾人がケガしたり死んだ場合、その後国籍がどうなろうと補償に影響を及ぼさないとどうしてならないのか? 我が裁判所はそちらの国籍差別は構わないと言う。いったいどうなっているのか」
横井さん、小野田さんのあとに見つかった「中村さん」は、元日本人なのに、見つかった時は台湾人だったから、恩給も何も無かった

自民党の大票田である遺族会。遺族が死んでも、その家族にまで墓守料として弔慰金が出され続けるのに、元日本人には何も無い

こんな対談が満載である。 対談者は、それぞれ専門分野のプロであり、市民運動にもコミットしてきた活動家でもあるから、具体的な問題がわかりやすい。 こんな事実があったのかと驚愕でもある。

日本と中国は長らく宣戦布告をしない戦争をしていた。 だから、日本の官僚は連行してきた中国人は戦時俘虜ではなく労務者である。だから俘虜虐待などあり得ないと「論理的」なことを言う。しかし、あの悪名高いシベリア抑留が10%の死亡率なのに、華人「労務者」は17%も死んだ。 「華人労務者就労事情調査報告書」によれば、四万人の連行をしていたらしい。

何でも外国人にも同じ権利をといっているのではない。 自分たちが侵攻し植民地にして日本人にしたのに・・・ という話だ。



戦後責任があいまいになった一因として、本来、最も強く日本の責任を追及するはずの二つの国(米国と中国)から、いいよと言われてしまって、それに甘えてしまったこともある。  一方、ドイツは自分が悪かったと言わないと戦後の世界で生きていけなかった。 

中国が賠償を放棄したことに、左右を問わず、借りを作った意識があったのではないか・・・それが多額の経済協力を続けたと、識者は見ていた。 



話は変わるが、中島みゆき様の「4.2.3」に、「この国は危ない 何度でも同じ過ちを繰り返すだろう 平和を望むと言いながら 日本と名の付いていないものにならばいくらだって冷たくなれるのだろう」という詩がある。この本を読んでそれを実感する。

GHQがいるうちは、日本人に限るとしたものを削除させられたが、GHQがいなくなると、早速国籍条項を入れ、日本人に限るとした法律をつくり始めた

電電公社は、在日を拒否する理由として、「電話の架設は日本人の家に入るから、外国人はダメなんだ、という」逆はいいらしいが。 就職試験に合格しながら拒否した日立を相手に勝訴した日立就職差別裁判のパク・チョンソク氏(’70)や、初めて帰化せずに司法研修所にはいったキム・キョンドク氏(’77)など、70年代から、ようやく在日が市民運動と連携して活発な動きができるようになったという。  この日本人でないものへの差別とはいったい何なのか
 
「日本社会全体に深く根ざしている単一民族社会の神話。  とくに「人権を守る」はずの裁判官には、その「人権」とは、「国民の人権」であって、「人の人権」ではないという抜きがたい思い込みがあるように感じられる。 他民族や外国籍の人を社会の一員として認めない姿勢では、少子化が進む日本は将来衰退するばかりではないか」という意見に賛成だ。 もっとも大沼氏も言っているが、中国人が一億人来ても確かに困るから、ある程度の規制は理解できる。




かつての市民運動は、他者や政治家を非難するだけになりがちで、多様な意見を調整しつつ、適切な議員へのロビイングにつながるような現実的な対応が欠けていた。 立法化などには議員が不可欠







内海愛子・大沼保昭・田中宏・加藤陽子「戦後責任 アジアのまなざしに応えて」(岩波書店 2014.6.5)
序章  なぜ、いま、戦後責任を語るのか
第一章 戦争裁判と戦争責任
第二章 1952年体制 閉ざされた日本
第三章 人種の内実化とアジアからのまなざし
第四章 サハリン残留朝鮮人の帰還
第五章 責任主体としての市民の創造



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