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zoom RSS 浅井春夫「沖縄戦と孤児院」

<<   作成日時 : 2016/07/28 16:01   >>

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1945年6月23日の戦闘終了後、沖縄は交戦中の占領状態にはいった。米軍は本土攻略に向けた体制を構築しつつ、沖縄の占領統治を開始し、県民の85%が収容所生活になったと言われる。


「日本軍が「軍官民共生共死ノ一体化」の方針を貫いた沖縄戦は必然的に住民の戦場死率を高め、戦争孤児を大量に生み出すことになった」

当然、孤児になった子どもたちも収容所に集められてゆく。 米軍のサイパンや沖縄の支配は一貫して占領者の視線で貫かれており、「保護」があったとはいえない。その結果、孤児院での子どものネグレクト死も防げなかった。

沖縄児童福祉法が制定されるのは、本土に遅れること5年の1953年10月、米軍支配下の子どもへの施策は脆弱だった。

数少ない関係者は口をつぐむし、孤児院に関係する資料がほとんどない。浅井氏は、従軍慰安婦が戦後孤児院で働いたケースが多いことと、孤児院での死者があまりに多いので。意識的に資料を廃棄したのではないかとまで語っている。

児童擁護が専門で歴史研究者でもある浅井氏の渾身の研究成果だと思われる。だから、素人向けの読み物にはなっていなくても仕方ない。



浅井春夫「沖縄戦と孤児院」(吉川弘文館 2016.3.20)
第一章 沖縄戦・戦後占領と孤児院
第二章 孤児院前史としてのサイパン孤児院
第三章 コザ孤児院と高橋道仁院長の歩み
第四章 田井等孤児院と日本軍「慰安婦」問題
第五章 石垣救護院の設立と幻の宮古孤児院

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