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zoom RSS 政治は文化だと、私も思う

<<   作成日時 : 2016/07/09 10:47   >>

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人づきあいの教則本や、人とのコミュニケーションのやりかたを教える本には、必ずといってよいほど、政治や宗教の話題は避けることとというのがある。 せっかく仕事でいい関係を構築しても、支持政党や、政治への考え方で、亀裂が生じかねないからだ。

アメリカ映画に、初めてであった人が互いに、支持政党を共和、とか民主党と、平気で語る場面がある。 だからといって、それ以後関係が壊れるわけではないようだ。   しかし、日本では、こういう話題がまずでることはない。 かなり親しくなっても、まず出さない。  片方がつい、いろいろ政治的な話題を漏らしても、他方は、適当な相槌を打って、自分の考えなど隠すようにする、それが日本の自然な会話だ。 しかし、どうしてだろう。 

なぜ、政治を語ってはいけないのか。 おそらく、政治を語ることに、その人のむき出しの本性や、表面的でない、その人の氏素性、想いが、にじみ出るからだろうと、私は思う。  人によっては見たくないものだし、人によっては知らない方が親しく付き合えた本性なのだ。

たとえば、いい仕事仲間だと思っていた人が、ある日、極右の傾向を持ち、韓国や中国のヘイトスピーチを繰り返すグループに賛同していると知る。 その驚きや、自分と価値観が違うと知ったときの悲しみは半端ではない。 これは逆もありうる。 ごく平凡でまとまな会社員と思っていた人が、昔なら中道ノンポリなのに、現在では極左ともくくられかねない政治思想を持っていると知ったら、どう反応するのだろう。

石田純一氏は、政治は文化だと国会前で絶叫した。 もちろん、たぶんに、自虐的なセリフで、「不倫は文化だ」という有名なセリフにひっかけたのだろう。 しかし、私も政治は文化だと思うのだ。 

若い頃、私は、政治は希望だとおもっていた。 貧しさに苦しい日々を送る人間にとって、政治は希望となる可能性を持ったものなのだ。  希望を託す人々、全く違う世界のことと無視する人々、金儲けの道具としか思わない人びと、自己実現や立身のためのものと割り切る人々、支配欲を感じる人々、単なる暇つぶしと思う人々・・・たぶん、いろいろなのだろう。 それらを全部ひっくるめたら、政治は、まさしく文化だ。 







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