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zoom RSS 三浦展「東京田園モダン 大正・昭和の郊外を歩く」・・・東京雑学の宝庫

<<   作成日時 : 2016/11/29 19:05   >>

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東京の街歩きが好きで土地の由緒に興味ある人には、とてもいい本に違いない。

街歩きは好きだが、土地の歴史にはあまり興味のない私には、この本は、東京のどうでもいい雑学の宝庫でもあった。ただし、筆者は、下町、北部、あまり知られていない地域について書いている。

・1860年に訪日したロバート・フォーチュンが最も愛し、「日本のリッチモンド」と名付けた土地が王子だった。染井の木々、音無川沿岸の料亭、王子稲荷、飛鳥山・・・

・映画「ガラスの中の少女」で浜田光男が住む町が葛飾四つ木

・足立区には、ビタミンC国産の田辺製薬があった 
・足立区の日本製靴(リーガル)は軍靴を作っていた会社
・足立区で作られた、シンバルをもつサルの人形は映画「理由なき反抗」にも出ていて、カーレース優勝者の名にちなんで「ジョッコー」と名付けられた
・三色バナナは、足立区のお菓子で、正式名はフローレット

・東京電力・東京電燈の最初の火力発電所がつくられたのは日本橋茅場町。送電技術が弱く消費地の近くに昔はつくられた
・日本初のエレベータは浅草十二階

・大田区山王は、景勝地、リソート地にして高級住宅街だった
・田園調布の宅地・住宅を購入した人には、多摩川園は五年間入場無料だった

・荒川の東京球場は「光の球場」とも呼ばれた美しい球場だった
・「託児所」という言葉を作ったのは渋沢栄一

・勝新太郎の祖父は江東洲崎の大博徒だった

・1900年に195万人だった東京、震災以後郊外に宅地開発に向かう。 田園調布、大岡山、洗足を開発した渋沢栄一の田園都市株式会社、麻布、目白、小平、大泉学園、東村山、国立を開発した箱根土地株式会社が双壁。

・石神井池は人口の池で、100mプールも作られたが、底は土のままで、泳ぐとすぐ濁った



三浦展「東京田園モダン 大正・昭和の郊外を歩く」(洋泉社 2016.9.26)
序章 ユートピア時代の東京「社会散歩」
第1章 北区 イギリス田園都市の発想は飛鳥山からだった?
第2章 葛飾区 町工場と「綴方教室」
第3章 足立区 戦後アメリカの明るさを伝えるおもちゃとお菓子
第4章 大田区 リゾートとしての開発と理想の工場建設
第5章 荒川区 温泉と遊園地と光の球場
第6章 板橋区 お殿様のテーマパーク・加賀藩下屋敷
第7章 杉並区 田園に響いた銃声と軍靴の音
第8章 練馬区 豊かな自然に抱かれた芸術家の卵たち
第9章 豊島区・浦和・大宮ほか 芸術家村と郊外のコロニー
第10章 国立大学町 近江と多摩を結ぶドイツの田園都市

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