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zoom RSS 須賀しのぶ「また、桜の国で」

<<   作成日時 : 2017/02/07 05:06   >>

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1944年8月1日のワルシャワ蜂起に向かって、外交官の棚倉慎とポーランド人の友人たちとの、信頼と友情の物語。

慎の父親はロシア人で革命で戻れなくなり、母親の故郷の日本で過ごす子ども時代があった。子どもの頃、日本でポーランド人孤児たちと知り合いになっていた。彼らはシベリア抑留から日本の善意で助けられ、日本で過ごしていたのだ。

赴任の地ワルシャワでは、その孤児たちが成長して親日的な組織をつくり、日本大使館に協力していた。日本の外交官もポーランドへの格別な思い入れを持って活動していた。

しかし、ポーランドは、度重なるドイツとロシアによる侵攻と支配に苦しめられてきた土地であり、いままさに、ナチスが侵攻をしようとしていた・・・・

書記生とは言え、日本人外交官がワルシャワ蜂起に肩入れするほどに思い入れを持つとは想像できないけれども、小説としてはおもしろいかもしれない。

ワルシャワ蜂起や戦時下のポーランドは、「地下水道」「ソハの地下水道」「戦場のピアニスト」「あの日、あの時、愛の記憶」「ソフィーの選択」・・・・たくさんの名作がある。それらに比べると、だいぶ落ちる。”信頼を核とする外交”という以外にあまり思想性が感じられないからかな。。。。

それでも、興味深いところはいろいろある。 

ポーランドにとってのドイツやロシアは、常に奪う者だ。 「ドイツ人が、こちらと「話し合い」なんぞした例しはない。 いつも強引に奪って、都合が悪くなれば逃げ出す。いつもその繰り返しだ」

とくに、ナチスは、人々の間に分断を作る。 「友人だと思っていた人が、ある日突然、笑いながら拳をりあげてくるようになる。 ナチスは人をそういうふうに仕向けることに長けている」

また、亡命ポーランド軍は、意外に頑張った。 「ドイツ軍と死闘を繰り広げるイギリス空軍のパイロットの四割近くが、元ポーランド軍の士官だと聞いている」 らしいし、ポーランド政府は、結局、降伏しなかったというのも初めて知った。 フランスはあっという間だったというのに。

外交官の棚倉は、日本の行く末をこんな分析していた。 なるほどね。 杉原千畝の映画でも、同様のことを語っていたから、常識なのかもしれないが。。。

「日ソ中立条約は、ドイツとソ連の不可侵条約があって初めて、アメリカへの抑止力という効果を発揮しうる。 日本としては、ソ連を中立の立場から枢軸国側に引き入れたい思惑があったからだ。 しかしその可能性がゼロになった以上、日本が戦争を回避するのはほぼ絶望的となった」


ことほど左様に、歴史的な興味は惹くが、小説としては、特にどうということはなかつた。 








須賀しのぶ「また、桜の国で」(祥伝社 2016.10.20)
第一章 平原の国へ
第二章 柳と桜
第三章 開戦
第四章 抵抗者
第五章 灰の壁
第六章 バルカン・ルート
第七章 革命のエチュード

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