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zoom RSS 徐京植評論集「植民地主義の暴力―「ことばの檻」から」

<<   作成日時 : 2018/06/11 07:49   >>

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10年近く前の評論集ではあるが、この内容は決して古くならないし、幸か不幸か色あせることもない。 植民地主義の暴力、とくに、母語を奪う暴力と、植民地支配の記憶が無意識に和解を強いてしまう暴力について、プリーモ・レーヴィや尹東柱、朴裕河などを参照しつつ、論じてゆく。 日本人にとっては、その非妥協的な厳しい指摘が痛いが、本当の正論だから致し方ない。 

<植民地主義、母国、母国語>

「植民地主義は他者の系統だった否定であり、他社に対しての人類のいかなる属性も拒絶しようとする狂暴な決意である故に、それは被支配民族を追いつめて、「本当のところおれは何者か」という問いをたえず自分に提起させることになる」。 筆者のこの指摘は、この本に一貫して流れている。

「本当のところおれは何者か」をつきつけられている、 「日本語を母語として、日本社会で生きる在日朝鮮人は、自らのアイデンティティを形成する際においてすらも、日本語によって行うほかないのである」。 なぜなら、どんなに批判されても、「自分の真実は母語でしか表現できない」からである。 「しかし、私には、その母語が日本の朝鮮植民地支配によって力ずくで強いられた「檻」であるという考えが取り付いて離れない」と、筆者は述懐する。 

「朝鮮植民地支配にあたって日本は、教育勅語にのっとって朝鮮人を「忠良なる国民」に育成することを教育の目的に掲げ、その中心に国語教育すなわち日本語教育を据えた。 朝鮮語を母語とする人口約2000万人の人々の国語が、一夜にして、外国語である日本語に変更されたのである。 さらに、1930年代後半になると、教育目標を「忠良なる皇国臣民」の育成とし、朝鮮語教育の全面的禁止、「皇国臣民の誓詞」の暗唱、宮城遥拝・神社参拝の励行、創氏改名などの「皇民化政策」を強行した」。

さらに、「金時鐘の回想によると、彼の国民学校時代は「国語常用」というスローガンの下で、厳しい日本語教育が強制された。朝鮮人児童たちが通う彼の学校では、朝鮮語の使用は一切禁止された。 毎朝、校長が運動場で遊んでいる子どもたちの間を巡回して、だしぬけに日本語で詰問し、すぐに答えられなかった生徒を、答えられるまで殴ったという」

日本政府も韓国政府も、ひょっとしたら、こんな解決を望んでいるのかもしれない。 「国語ナショナリストの見地からすれば「母語」「母国語「国民」の三項目が等式で結ばれていない状態は我慢ならず、在日朝鮮人の母語は日本語なのだから、その母語と母国語を一致させるために、日本国民になれ、という論理になる」と。 


<自国民中心主義、和解 >

「「法律なければ犯罪なし」とする罪刑法定主義の原則」から、道義的責任はともかく、法的責任はないとする考え方は、欧米諸国同様、日本の植民地支配にも適用されているかのようだ。

朴裕河の最近の論説も同じレトリックで、「現在の大韓民国国民が、かつての大韓帝国が強制された条約を否定したり修正を要求したりすることは「責任意識の欠如」だと言うのである」。 不平等条約も反対してはいけないとでもいうのかしら?

筆者は、朴裕河氏の一つの文章にこだわる。  「もう一度、この文章をじっと眺めてみよう。 <日本の知識人がみずからに対して問うてきた程度の自己批判と責任意識をいまだかつて韓国はもったことがなかった>  どうしてこんなに乱暴な断言ができるのだろう?」  ・・・ たしかに、ひどく乱暴な物言いである。 「韓国」と代表しているのは言い過ぎではないか。 無駄に日本びいきと見られても仕方ない。 

以下は長い引用だが、筆者の想いが大変よく伝わってくる。 「朴裕河はその著作において「植民地近代化論」への親和感を隠そうとしていない。もちろん、軍事政権時代にもそうであったように植民地時代にも、それなりに「いい目」を見た特権層は存在した。そういう人々の視点から見れはあの時代もそれほど悪くはなかったのであろう。だが、そういう人々には、「慰安婦」被害者であれ、強制連行・強制労働被害者であれ、政治弾圧被害者であれ、筆舌に尽くせぬ苦痛と屈辱を経験した被害者たちを代弁することはできまい。 まして、<「赦し」は、被害者自身のために必要>などと高説を説く資格はあるまい。 「同じ韓国人だから」という理由だけで、それをあえてするのだとしたら、それこそ被害経験の横領というべきであろう」

筆者には、朴裕河氏の主張は、被害者側から和解をすべきだと言っている最近の暴力的な主張と同じようにみえるようだ。 私にも、それは理解できる。 それはニセの和解の強要と言っていいだろう。 


そのほか、小松川事件の判決書と治安維持法判決書の類似、尹東柱の詩の日本語訳をめぐる植民地支配に対する認識、在日朝鮮人を厄介払いしたい日本政府が行ってきた生活保護など福祉の削減、韓国籍と日本籍による在日朝鮮人の分断への加担、「権利がほしければ独立を捨てよ、これは、普遍主義を標榜する帝国が植民地支配を継続するために必要とする差別装置」を見抜いていたホーチミン ・・・

などなど、興味が尽きない。

最後に、

「植民地支配の継続としての差別と偏見は、在日朝鮮人という「実体」によって造り出されているのではなく、むしろ、植民地支配の歴史を正しく直視し、自己省察して、克服することのできない日本人マジョリティが自らの心の中で造り出しているものである」から、みな日本人になっても解決に至らない






徐京植評論集「植民地主義の暴力―「ことばの檻」から」(高文研2010.4.15)
T 植民地主義の暴力
  ある在日朝鮮人の肖像
  怪物の影
  和解という名の暴力
U ことばの檻
  断絶の世紀の言語経験
  母語という暴力
  ソウルで「由熙」を読む
  母語と母国語の相克
V 記憶の戦い
  「太陽の男たち」が問いかける、「私たち」とは誰か
  記憶の闘い
  道徳性をめぐる闘争





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