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zoom RSS 松田武「対米依存の起源 アメリカのソフト・パワー戦略」

<<   作成日時 : 2017/06/02 15:43   >>

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たいへん魅力的なタイトルで、大いに期待したのだが、若干、期待したものと違う感覚がある。 しかし、よく考えてみると、何を期待したのか分からなくなってきた。 期待したのは日本の政治の対米依存の起源であったが、対米依存は政治だけの問題でない、社会の依存も確かにある。 

筆者はきちんと目的を書いている。  「どうして日本の知識人、中でも米国の専門家は、権威の前に「弱々しい人間」になつてしまったのか。 この問いに直接応えるために、米国のソフト・パワーの果たした役割に注目しながら、文化交流と政治の関係について検討を加えたのが本書である」 

だから、期待した、たとえばなぜ自民党政権は対米依存から抜けられないのか、といった話題とは、かなり距離があることは間違いない。 


全般的に要約すれば、占領政策初期は、比較的、民主主義の理想的な導入が、かなりの善意と寛大さで図られたが、冷戦の進行に伴い、独立後の日本を東アジア地域の反共の前線として位置づけるため、ハード、ソフト両面で戦略を立てた。 当時の国務長官のダレスにしてみれば、日本の好きな処に好きな米国軍事力を好きなだけ配置できることが目的であったが、そのために、ソフトなやり方で米国の文化を浸透させなければ、反米的な日本人、権威手に弱い日本人は、共産主義に走ってしまうだろうと考えたわけだ。 それでも当初の平和的・民主主義的な日本にする方針には強くブレーキがかかったことになる。 

ハード面では再軍備の要求と日米安全保障条約の有無を言わせぬ締結によって被害アジアに生じた真空を埋めること、しかし、「ダレスは、日本の軍隊が、100パーセントの行動自由を行使できない状態がずっと続くこと、つまり米国に常に依存していることを望んでいた」。 そして大規模な反共キャンペーン、レッド・パージだ。 その逆に公職から追われた人々のうち三分の二が、追放解除された。

そして、ソフト面では、教育指導研究、日本人司書の養成、英語教育の重視、ルース・ベネディクト、ハーシー、アーニー・パイルマーク・ゲインをはじめとする多数の書籍の翻訳、アメリカ研究者の支援のための、東大・スタンフォード大共同セミナー・・・など、きめ細かな文化交流による米国文化の浸透である。


結論的には、筆者の想いは、次の三つの文章に集約されているだろう。
 
「対日占領下において多くの日本国民が感じた米国の「寛大さ」は、東アジア地域の他の二つの占領地、つまり、沖縄や朝鮮には及ばなかったという事実である。言い換えれば、沖縄の置かれた位置とその厳しい現実と、日本本土における米国の「寛大さ」とは表裏一体の関係を意味していたという点である」

「総司令部の占領当局の指令と指導の下に民主的な占領諸改革が実施されたにもかかわらず、多くの日本人は米国のソフト・パワーに対する甘えの態度と依存度を強め、民主主義を自分のものとして主体的に育てるどころか、むしろ民主主義は商業主義と消費主義に堕することになったといえよう」

「皮肉なことに、米国のソフト・パワー外交は、必ずしもそれが意図的でなかったにせよ、日本の高等教育制度の中央集権化と序列化を一層強めるとともに、米国のソフト・パワーに依存する甘えの心理からいつまでも抜け出せない研究者を数多く生み出すことにもなった」




そのほか、本論とは別に、コワモテの印象が強かったダレスが、意外に繊細に政策を建てていたと知った。

・ダレスは、日本を対等に扱わないと、ソ連の勢力に行きかねないと危ぶみ、移民法の撤廃などを急がせた

・ダレスがロックフェラーを文化担当の顧問に迎えたのは、長期的な文化関係を強化させたいと望んでいることを示したかったのと、講和使節団の目的のすそ野が広がり、軍事的な意味合いが薄められるからだ

・「ロックフェラーの提案は、日本が極めてエリート主義的で、権威主義的な社会であるという彼の日本間に基づいていた」


いずれにせよ、今の日本は、占領期と、60年代初頭に作られた三つの日米合同委員会、日米貿易経済合同委員会、日米科学協力委員会、日米文化教育交流会議(カルコン)によって、道が作られたようだ。

「カルコンの文化事業が、対日占領および日米同盟と切っても切れない密接な関係にあったにもかかわらず、あるいはそれゆえにねさらには在日米軍基地および在沖縄米軍基地の問題が日米関係の「本質」であるにもかかわらず、カルコンでは「沖縄問題」が議題に取り上げられることはこれまで一度もなかった」





松田武「対米依存の起源 アメリカのソフト・パワー戦略」(岩波書店 2015.2.18)
はじめに
第1章 占領期の対日文化政策 民間情報教育局
第2章 冷戦、「逆コース」、そして戦後日本のナショナリズムの台頭
第3章 独立の代価 ― 「ソフト・ピース」と日米安保条約
第4章 東京でのジョン・D・ロックフェラー三世 文化交流か「文化帝国主義」か
第5章 ロックフェラー報告書 ― 共産主義の脅威に対抗して
第6章 日米文化交流の制度化にむけて
第7章 知識人への文化攻勢
第8章 日本の知識人を親米派に ― ロックフェラー財団の活動を中心に
第9章 東京大学=スタンフォード大学共催のアメリカ研究セミナー
第10章 京都アメリカ研究セミナー
第11章 米国のソフト・パワーの光と翳






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