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zoom RSS 斎藤貴男「安心のファシズム」

<<   作成日時 : 2018/02/22 15:46   >>

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14年前の新書だが、いまとほとんど同じ状況にある、いや、ファシズムは進行しているのだろう。 
筆者は、ムッソリーニのファシズムから現在はひどく曖昧なものになってしまったと、あらためてウンベルト・エーコの掲げるファシズムの特徴点をベースにして現在のファシズムを語る。

伝統崇拝、モダニズムの拒絶(筆者は反論し、ファシストは例外なくプラグマティストという)、思考ではなく行動のための行動を崇拝、批判は受け入れない、必ず人種差別を伴う、個人・社会の欲求不満、社会的に恵まれない人々のもつコンプレックスの裏返しであるナショナリズム、敵はレトリックによって強くも弱くもなる、闘争のための生で敵は根絶やしに、社会ダーウィニズムが隅々まで行き渡る大衆エリート主義、英雄になるべく教育する結果死をまきちらす、マチズモ・女性蔑視、ポピュリズム、ニュースピーク(新言語)を話す。 

さて、「安心の」となづけた、筆者が警告するファシズムは、社会のあらゆる出来事から浮かび上がってくるようだ。 

イラクでの人質に向けられたすさまじい攻撃の嵐は、官邸、メディアから率先して、”自作自演説”や、自己責任論による攻撃だった。 政府と異なる価値観・意見をもつものに対して、「日本国民の大多数を占めるサイレント・マジョリティが万が一にも彼らに共感するようなことがないように、政府やその周辺は、人質やその家族たちをどこまでも貶めておく必要があった」

鉄道各社は、「交通弱者の排除も辞さずに、徹底して自動改札機の浸透を図った。 交通弱者でもない乗客による有人改札の通行はあたかも罪悪のように見なされ」、何も文句も言えない人びとの群れをつくっていった。 

教育基本法の第一条に列挙されている「個人の価値をたっとび」などの根本理念を、「徳目」と言い換え、徳目だから、国家が法律で規定して、「心のノート」や「道徳」と連動させてゆく。 そんな教育の激しい変動が進んでいる。  君が代の強制もその一つ。 君が代の伴奏をロボットのようなことはできないと拒む教員に対して教頭が返した言葉は、「職務なのだから、それでも40秒間はロボットになりなさい」と。 それから10余年、もう誰も逆らわないのだろう。

そのほか、

「それによって大きな被害を受ける危険性が高いか、実際に受けているのにもかかわらず、当事者の内面で葛藤が感じられなくなった状態」呼ぶ「コンフリクト・フリー」、

「要は軽微な犯罪の予兆段階でも容赦しない、情状酌量の余地も残さない、警察権力による徹底した取り締まり」である、ゼロ・トレランスと呼ばれる戦略思想と表裏一体な「割れ窓理論」、

「自然淘汰・適者生存」という概念を、人間社会の説明にそのまま流用した思想である「社会ダーウィニズム」

などなど、 自己責任を強調する新自由主義と、強固な監視・セキュリティ社会が、個人の感性を麻痺させ、服従の「安心」感で、個人から自由を奪い取ってゆく。 不安な個人はそれを容認してゆく ・・・・ もう10年以上前から、この国はファシズムの社会だ。 



斎藤貴男「安心のファシズム」(岩波新書897 2004.7.21)
第一章 イラク人質事件と銃後の思想
第二章 自動改札機と携帯電話
第三章 自由からの逃走
第四章 監視カメラの心理学
第五章 社会ダーウィニズムと服従の論理
第六章 安心のファシズム



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