チョ・ナムジュ「82年生まれ、キム・ジヨン」

ソウル在住のライター伊東順子氏が、解説で語っている。

「東京医大での入試差別事件が発覚し、日本の女性たちの多くが足元が崩れ落ちるようなショックを受けた。怒りと情けなさの中で思ったのは、韓国なら即時に2万人の集会が開かれているだろうということだ」。

そんな行動的な韓国で生まれた「フェミニズム小説であり、韓国社会における、過去から現在につながる女性差別の実態を告発した」、なんとも衝撃的な本が生まれたものだ。

韓国で、この種の本が世に出なかったことが、むしろ不思議な気がする。 何事にも、時間が必要だったということか。 ましてや、レイプしても権力者のお友達なら逮捕されないし、拒否が証明されない限り無罪になる日本に、こんな小説が生まれるわけがない。



1982年生まれのキム・ジヨン氏は、実家では次女として弟が優先される差別に育ち、学校では男の子のいじめに寛容で女生徒には厳しい拘束と指導を適用する教師たちに囲まれ、痴漢やストーカーに遭えば、お前が悪いと父親に叱られ・・・・結婚して、子どもが生まれ、やむなく仕事をあきらめ、夫と言い争いが耐えない・・・・・

女性が読めば、そうだそうだ、日本もおんなじだと強い共感があるだろうし、男性が読めば、なんとも居心地の悪い、自分も、性差別の片棒を担いできた同類項だと認識させられてしまうし ・・・・ なかなか厄介な小説だ。 韓国の男性はどんな感想を抱いたのだろうか。 

私は、ジヨン氏と同じ姉弟の構成をもち、家族の男の子への期待は理解できる。 そういう時代だったと許してもらうしかない。 幼い子どもを家に一人にしておけないから、保育園がだめならどちらが辞めるしかなく、収入の差を考えると自分が辞めることはできない。 
また、下心などないとしても女性を飲みに誘ったり、まだ結婚しないの?などのプライベートな会話も悪びれずにしていたのだから、昨今ならパワハラ、セクハラと指摘されても仕方ない。 



いまなら女性差別と言われかねないことが、いろいろジヨン氏の体験として語られる。

・ 小学校では出席番号の一番は男子で、女子は男子の後だったから、出席番号順に何かすると、必ず男子から先にすることになった

・ 1990年代の韓国は、男女出生比が深刻なアンバランスを抱えていた。 女児100人に対して1990年、男児は116.5人になった。 赤ちゃんは男児が期待され、女児だと謝る母親もいた

・ 中学では、男子は服装の規則も運用も緩やかなのに、女子には厳しい。 

・ ジヨン氏は次女で弟がいる。 弟は家事も手伝わないし、食べ物も弟のほうが優先だった。

・ SKY ( ソウル大、高麗大、延世大 ) でもない大学の女子が就職では、書類審査を通る事すら難しい ( 2005年、百あまりの企業を対象に調査した結果、女性採用比率は29.6% )

・ 学科長が企業に対する学科推薦枠に、自分よりも出来の悪い男子学生四人を推薦したと知った女子学生が学科長を問い詰めると、「女があんまり賢いと会社でも持て余すんだよ。いまだってそうですよ。あなたがどれだけ、私たちを困らせているか」・・・と酷い言い訳を。


筆者の日本の読者へのあとがき・・・「私は、誰も女性だからという理由で卑下や暴力の対象になってはならないと考えてきました。女性たちの人生が歪んだ形で陳列され、好き勝手に消費されていると感じました。女として生きること。それにともなう挫折、疲労、恐怖感、とても平凡でよくあることだけれど、本来は、それらを当然のことのように受け入れてしまってはいけないのです」

日本でも大ヒット間違いなし。 今年最高のお薦め本のひとつだ。




チョ・ナムジュ「82年生まれ、キム・ジヨン」(筑摩書房 2018.12.10)
2015年秋
1982年~1994年
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