大塚英志「大政翼賛会のメディアミックス」

なかなかの力作で、読み出があった。一国一党の国民組織を目論む近衛新体制の具現化として大政翼賛会が昭和15年10月12日に発足、同年9月の内務省訓令「部落会町内会等整備要綱」により、作られた「隣組」を念頭に、翼賛会が、大和一家という「翼賛一家」を漫画で創作して、国内の国威発揚や防諜・防災に役立てるよう、メディアに推進させた。その経緯や漫画界・言論界の対応などを丹念に調べ、現物もあたって詳細に記録を残している。

「翼賛一家」は、官製キャラクターで、中学体操教師の大和賛平(48)を世帯主とする一家11人の三世代家族である。 その漫画のキャラクターは、シンプルにコピーしやすく、あらかじめメディア展開を想定、二次創作が推奨され、第三者大政翼賛会が「版権」として統一的に管理していた。他の漫画、標語、新聞・雑誌、映画、人形劇、・・・など、様々なメディアに、「戦時下のプロパガンダ、すなわち、翼賛体制への総動員のツールとして用いられ」、活用された。

筆者は、別に誰も責めてはいない。蓋をするのではなく事実を明らかにしたいだけだ。多くの関係者が関わっていた。例えば、横山隆一は「国家的な見方で漫画仕事をやっていく心算でなければならない」と漫画協会が国策に協力すると言っている。 

また、「報道技術研究会」を立ち上げ、メディア間を結びつけて国家宣伝をより効果的にする宣伝技術を研究するグループには、新井静一郎に、今泉武治、仙名文夫など、戦後も電通や企業で業界をリードしてゆくことになる広告宣伝のエキスパートが参加していた。翼賛会側では、花森安治、清水達夫がいた。 

「「一元的な統制」は、各領域の「異なる機能」の表現を「補完しつつ綜合」あるいは「協同して表現」することで、「一つの理念または政策を浮び出させる」ことにあった。 いわば、多領域を横断する「統帥」のための宣伝技術である。それが「国家報道」の前提だとさえ彼らは言う」。広告宣伝業界人には挑戦的・先進的なテーマでもあった。 


「「翼賛一家」のメディアミックス」という、本論とは少し離れた所にも、当時の実情のよくわかる話が興味深い。

・ 「「隣組」とは、近衛新体制下における大政翼賛会の最末端の組織である。この隣組を底辺とするヒエラルキーをつくりあげることが、翼賛会を国民運動組織として実効性のあるものとする肝であった」

・ 「隣組」は日本の伝統的なものというデマがながれる。「伝統」起源説というのは結局のところ、運用する側の方便の域を出ない、ということがわかる」

・ 「隣組は一家である。垣根も要らぬ、塀も取らう、そして遂には心の障度迄も完全に取り去って・・・」、つまり、「八紘一宇の具体化の第一歩」となっている

・ 「翼賛体制というと何か「非常時」のイメージが強いが、むしろ、当初は「日常」が強調され」、「「生活」と「日常」という語は近衛新体制下で好んで用いられた政治用語なのだ」 

・ 「近衛新体制下の翼賛運動における「動員」は、私たちがイメージする大量宣伝による、上からの一方通行的なプロパガンダでなく、「参加する人たちの自発性と創意性とを尊重」する形で行われるのである」。これは重要な指摘だ。

・ 「人形劇が翼賛体制に順応した」順応者や「ナチス文化政策との類似性」だけでなく、素人の参加しやすさ、手作りのしやすさなど、「参加型動員ツールとして人形劇は極めて優れていたからだ」

・ 「内地出身・「本島人」・先住民の間にある階級や文化の壁を「ニコニコ」によって無化することが「ニコニコ運動」の目的で」、「ニコニコ運動」が向かう先は、「本島人」や台湾先住民が、「日本人」として戦争に「参加」し「ニコニコ」死ぬこと」で、翼賛一家の漫画も当然、それに参加している

・ 「「文化映画」とは、科学戦に備え国民へ向けて科学的啓蒙を行うために、昭和14年の映画法で映画館での上映が推進された記録映画のこと」。いまの日本でも、政治が「科学」を語るときは、なにかをごまかしていると私は思う。昔、ニュース映画が映画館で必ず上映されていたのはこの当時の名残りなんだね



この本を公開すること自体、漫画家集団や広告業界は、面白くない人が多いのだろう。筆者は、手塚治虫が、「「翼賛一家」の二次制作が自分のデビュー作だと公言してる」から、遠慮なく、忖度なく手塚に言及することは手塚の本意でもあると考えるようだ。
なにしろ、「ただ一人、例外として、手塚治虫だけが、(中略) 「翼賛一家」の二次創作として、空襲される「町内」を描くことになる」。つまり、戦争の負の面も手塚は翼賛一家で描いていたのだから。




大塚英志「大政翼賛会のメディアミックス」(平凡社 2018.12.5)
序章 「翼賛一家」というまんががあった
第1章 メディアミックスする大政翼賛会
第2章 「町内」という世界
第3章 創作する「素人」たち
第4章 隣組からニコニコ共栄圏へ
第5章 手塚治虫は「翼賛一家」を描いたのか
付論 文化工作とメディアミックス

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