勝海舟「氷川清話 江藤淳・松浦玲編」

勝海舟にゆかりの地、洗足池近くに住みながら、初めて手にした。 興味の観点は、洗足軒の記述、幕末の経緯、明治政府への批評だったが、あまり期待していたものは得られない代わりに、意外な勝海舟像にも出会えた。

「氷川清話」は、勝海舟が書いたものではなく、維新後30年前後経った頃、勝海舟への大小のインタビューや新聞雑誌等の記事を寄せ集めたもの。 以前の流布本は、吉本襄が編集したもので、吉本がかなり勝手に創作したものが多いという。 この文庫本は、読みやすさは残しつつ、本来の海舟の言葉に近づけたらしい。

さて、洗足軒については、「東京府下荏原郡馬込村南千束の土地を津田仙のすすめで買い入れ、そこに洗足軒という別荘を営んだ。津田仙は津田梅子の父で、明治キリスト教運動の草分け」という記述があるだけだ。期待外れ。

幕末の経緯は、まとまって話を聞けているわけでもない。 主として、「人物評論」という形で、ところどころ窺われる。 たとえば、長州征伐なんかやめろといったのにバカだとか。そのあと講和交渉に一人で行った話とか、徳川慶喜の上洛には船を各藩仕立ててもらったとか ・・・ それなりに興味深い話がある。 

江戸の無血開城についても、山岡鉄太郎に西郷宛の手紙を託したとか、西郷との最初の会談は、皇女和宮を人質に取るなどの汚い真似はしないから安心しろと言いに行っただけだとか、また、150万の江戸の人を幕府なしで食わせていかなければいけないとの問題提起に大久保利通がじゃあ遷都しようと果敢に決断したとか、・・・、面白い。

 勝海舟氏にとって、「人物」と言えるのは西郷南洲だけで、伊藤博文、山形有朋、松方正義などの生き残りの政治家は、批判こそすれ、まったく評価していない。 日清戦争にも反対したし、三国干渉におたおたする政治家たちを厳しく見ている。 

 ところで、「日清戦争はおれは大反対だった。なぜかって、兄弟喧嘩だもの」と、まともな意見だし、「一体支那五億の民衆は日本にとっては最大の顧客サ。また支那は昔時から日本の師ではないか。それで東洋の事は東洋だけでやるに限るよ」と、日清韓の三国で同盟を作るべきだとの主張すらしている。 支那をバカにしてはいけないと諫め、「日本の奴らは支那が弱い弱いと言ふが、ソレは当たり前だよ。アレは李鴻章の関係の兵が動いたまでサ。おそらく支那人は日清戦争のある事さへ知らぬ人があるくらいサ」と、中国の大きさを語る。

明治の元勲たちにその意が伝わらなかったのは残念というほかない。 結局、伊藤も山形も、先輩たちにくっついていただけで、「大きな事をいふけれども、実際剣光砲火の下を潜って、死生の間に出入して、心胆を練り上げた人は少い。だから、一国の危機に処して惑はず、外交の難局に当って恐れない、といふほどの大人物がないのだ」という。 伊藤らにとって、さぞ、煙ったい人物だったろう。だから耄碌した老人のホラ話扱いしたにちがいない。

勝海舟の言葉を借りれば、勝海舟が、これほどの「人物」だとは思わなかった。 常に人を恃まず、一人で命を捨てて動いていたのだろう。 誠心誠意、というのが極意のようである。

なかなか面白い話題満載だが、いくつか記録しておこう。

・ 「海舟」という号は、佐久間象山の「海舟書屋」という額がよく出来ていたから。
・ 無血開城の談判に成功したのは、3/14。 城の 明け渡しは、4/11。 その間、狙撃されることもあった。 新政府軍の彰義隊攻撃は、5/15
・ 水戸の藤田東湖は、「書生を大勢集めて騒ぎまはるとは、実に怪しからぬ男だ。 おれはあんな流儀は大嫌ひだ」
・ 「江州の塚本定次といふ男は、実に珍しい人物だ。数万の財産を持って居りながら、自分の身に報ずることは極めて薄く」
・ 信長も、清正も、徳川幕府も治水はきちっとやった。掘り起こして基礎を固め、柳を植えたり・・・いまの博士や技師は書物ばかりで何もできない
・ 「ともかく、経済のことは経済学者には分からない。それは理屈一方から見る故だ。世の中はさう理屈通り行くものではない。人気といふものがあって、何事も勢ひだからね」
・ 「外交の衝に当たって居る人が、素敵な敏腕家であるか、さもなくば、無類飛切の臆病者でさへすれば、何のこともない話だ」


意外に、経済、金の話が多いのだ。 現実的に金がないとどんな政策も実現しないから、たいへんシビアにみている。 いわゆる肝の据わったプラグマティストなのだろう。

処世的な言葉の中で、一番印象に残ったのは、これだ。 「上った相場も、いつか下る時があるし、下った相場も、いつかは上る時があるものサ。その上り下りの時間も、長くて十年はかからないヨ。それだから、自分の相場が下落したと見たら、じっと屈んで居れば、しばらくすると、また上って来るものだ」








勝海舟「氷川清話 江藤淳・松浦玲編」(講談社学芸文庫2000.12.10)
一 履歴と体験
二 人物評論
三 政治今昔談
四 時事数十言
五 勇気と胆力
六 文芸と歴史
七 世人百態
八 維新後三十年



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