姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」

なんとも不愉快で後味の悪い小説だった。前提知識なく読み始め、途中から読むことをやめようかと思うほど気分の悪くなる小説だった。2016年5月10日、巣鴨のアパートで東大生5人がひとりの女子大生に対する強制わいせつで逮捕されたという実際の事件を基に作られたフィクションである。当時、慶応大生や芸能人の性犯罪が続いて話題になっていた記憶は微かにあるが、私には興味はなかったので詳細は知らない。フィクションとは言え、実際の事件とどこまで一致しているのか、それはわからない。加害者の東大生も被害者の女子大生も、取材したかどうか、しても取材内容が反映されているかどうかもわからない。しかし、読者は下種の勘繰りで、創作と分かっていても、実際にあったことだろうと推察してしまう。

そういう読み方をしてしまうのも不愉快でいやらしい。現役東大生が読んだら、もっと不愉快で、俺たちはこんな思考しないと反発するかもしれない。私の不愉快は何だろう。それは、姫野カオルコ氏の描く加害者東大生の思考そのものが、吐き気がするほどに不快だからだ。その思考がどの程度、現実の東大生の思考と似通っているのか、それはよくわからない。しかし、私の世代では想像つかないほど、姫野氏の描き方は現実に即しているのかもしれない。

なぜなら、「私立小中高の学校も金がかかるが、進学塾もべらぼうに金がかかる。私立学校に行き、塾に行くには、親に金があってこそなわけで、学力もさることながら、金持ちの子弟が集まるという点でまぎれもなく日本一なのも東大である」。

主人公の竹内つばさは、国家公務員キャリアの父親のため、広尾の公務員住宅に住む。兄は中高一貫校から東大に、つばさは公立中、国立大付属高校を経て東大理Ⅰに進んだ。東大生になってから、女の子に不足することがなかった。つばさは偶然知り合った神立美咲に好意をもった。神奈川県立高校から二流の私立女子大に進んだ美咲は、ごく普通の家で普通の家族と暮らす普通の女性だった。つばさから見れば、美咲は学歴も素性も見下す相手ではあったが、互いに好意を感じて、とくに美咲は初めての恋に夢中になって、つばさの喜ぶことをしたかった。しかし、より育ちも教養もある女性が現れ、美咲は恋は終わってしまうと自覚をすることになる

事件のその日、つばさに飲み会に誘われた美咲は京が最後といった。しかし、「ドバイのブルジェ・ハリファビルのように高いプライドのつばさが、会に遅れて到着して先ずしたことは、星座研究会の男子面々が「ネタ枠」だとした女を、「元カノ」だと思われないようにすることだった。 原子力についての論文が評価され、親戚には入閣した政治家もいる和久田や、すでに一般書籍の著書を上梓し、母親も有名人の國枝だけでなく、ちびでスポーツの不得意な譲治が「ネタ枠」と判定した女に、オクフェスの夜に灯ったような情感を抱いたことを知られては沽券に関わる」。そうして、ことさら美咲に冷たく、仲間に、強制わいせつを煽り続けた。 

美咲が途中で逃げ警察に急報した結果、5人は逮捕され、3人は示談拒否起訴され有罪になり、2人は示談を受け入れた。示談条件は2人にはなんの痛痒もない軽い条件だったから。 彼らの反応は、おしなべて、「災難」だった。 「災難。 譲治とつばさも、事件をそうとらええていた。譲治の父母も、つばさの父母も。逮捕は災難。訴えられたのも災難。そう思うからこそ、美咲の示談条件を拒んだ」。 ひとりはこう思った。「逮捕しにきた工業高校卒とかの警察官もカスだったが、いちばんカスは、通報したバカ女子大生だ。あのバカ女。 (略) 」。東大生逮捕のニュースを聞いた多くの人々、それも著名な芸能人も、美咲を非難した。勘違い女が東大生の将来をつぶしたと。加害者の東大生の親たちも、学生たちがふざけて遊んだことでなぜ逮捕されるのか、悪いのは通報した美咲だと怒った。

彼らは事件の前にもずっと、同好会活動を隠れ蓑に、女子学生を集め、選別して、写真に撮り、ネットに流して小遣い稼ぎをしていた。そして、お眼鏡にかなった女子大生とはその場限りのパーティをして楽しんだ。 そういう行動を鑑みると、最後に筆者がまとめた言葉、「彼らは美咲を強姦したのではない。彼らは彼女に対して性欲を抱いていなかった。彼らがしたかったことは、偏差値の低い大学に通う生き物を、大嗤いすることだった。彼らにあったのは、ただ「東大ではない人間をバカにしたい欲」だけだった」・・・が、真実かもしれないともおもう。もちろん、これは姫野カオルコ氏の想像した、創造した世界観であって、真実かどうかは、加害者の5人しかわからない。 何しろ、この小説はあくまでもフィクションなのだから。




姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」(文藝春秋 2018.7.20)
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第二章
第三章
第四章
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