山崎雅弘「戦前回帰 「大日本病」の再発」

戦前・戦中の日本を覆っていたものは、国体とよぶ定義し難い概念と、国体明徴を徹底し、それに抗う者たちを排除してゆく、そんな空気だった。もう周知の話ではあるが、筆者が光をあてているのは、国家神道を軸とする非合理的な観念がまともな考え方を押しのけてゆく姿であって、政治権力そのものではない、まさに「大日本病」としか呼びようのない病的な空気であって、それを筆者はソフトウエアと称している。



まず、筆者は、なぜ日本軍はこれほどまでに兵隊の命を軽んじたのだろうかと問う。

現代のイスラム過激派勢力に共通するもので、「ある「絶対的な価値に基づく体制」を守るためなら、人間を闘いの道具として使い捨てにしても道義的に許される、という人道的感覚のマヒ」であり、軍行動の成果を追求するはずの「軍国主義」のせいではなく、「宗教的政治思想が戦争指導部と個々の軍人の価値判断に大きく影響していた」からだという。ナチスの高官は、総統の命に逆らって「自殺的で無意味な死守命令」を下すことはなかった。部下に対する、ドイツ国民に対する責任でもあった。

「靖国神社という特殊な施設は、( 中略) 軍人が死ぬという「マイナスの出来事」を、「国難に殉じた崇高な犠牲者」という「プラスの価値」へと転化」する極めて政治的な装置になった。同時に、「その「死に方」がどのようなものであっても、等しく「英霊」という言葉によって、靖国神社で顕彰され」るから、英霊の名誉を守るためにも、「彼らの死の原因が戦争指導部の失敗や不手際」であっても、それを深く追求しない態度になり、また、部下を死なせることに対する精神的負担を軽減させる役目もあった。

なぜ、兵隊を死なせてよいか。なぜなら、「一旦緩急あれば義勇有公に奉じ以て天壌無窮の皐運を扶翼すべし」だからだ。国難にあたって、個人の生死より、天皇を頂点とする国体を守ることの方が重要だからだ。それを教育勅語によって、国体明徴運動によって、そして戦陣訓などによって、上から下まで思想的宗教的に統制してきたからだ。そこには合理的な思考はもはやない。 「国を護るために死んだ」兵士たちの「国」とは、天皇の国体だった。

「昭和初期から1945年の敗戦に至るまでの日本国内で、軍人や政治家、国民の心を支配した価値判断基準は何だったのかといえば、天皇を頂点とする国家体制を「世界に類を見ない神聖で崇高な国のあり方」と定義し、その未来永劫までの存続のみに価値を置き、あらゆる国民にその目的への奉仕と献身、犠牲を求め、その目的に貢献しない物事には一切の価値を置かないという「国家神道」の精神でした」

そして、いったん、合理的思考や客観的思考を排斥すると、「現実認識を自分に都合よく操作することへの抵抗や疑問が薄れ、自国に有利な方向へと意味を変えられるなら、現実認識を改編・修整することが逆に推奨されるという、異常な心理状態が形成されて」いき、「威圧や恫喝で反論を封じた上で、「言葉の定義や意味など考えず、天皇のために死ぬことが国民の務めなのだ」という、事実上の「判断停止」へと受け手を追い込む」。 「戦争に負け始めても、「負けている」という現実を直視できなくなり、自己愛を傷つける敗北の事実を隠すために、より一層「国体」思想の観念論や精神論に逃げ込んで、現実を認識する能力も、現実に的確に対処する能力も失う」、まさに、病気である。



そして、安倍政権になってから、櫃者は、「大日本病」が復活しつつあるとみている。 例えば、神社本庁は、「「神社の国家的公共的機能性格の回復」が、主権回復後の日本の「神道界の運動の重点」であった」としているし、日本会議が謳う内容は、言葉を現代風に置き換えた国体論と同じだと示している。確かに、例えば、皇室を「「世界に類例を見ない」我が国の宝」という言葉は、「万邦無比」と同じだ。

また一見粗雑そうに燃える自民党改憲草案でも、例えば、「国及び地方自治体その他の公共団体は、特定の宗教のための教育その他の宗教的活動をしてはならない。ただし、社会的儀礼又は習俗的行為の範囲を越えないものについては、この限りではない」と、靖国神社国家護持の道を開く但し書きが巧妙に用意されていたりする。

集団的自衛権行使容認となった現在、「もし海外で戦死した自衛官が、靖国神社に祀られたなら、首相や閣僚は大手を振って堂々と、靖国神社に「公式参拝」し、玉櫛領も公費で支払うことができるようになる」し、「靖国神社に祀られた自衛官に対する「慰霊式典」を政府が主宰して国事行為として行う場合、改憲で国家元首となった天皇に政府から出席の要請が出されれば、天皇はこれに従わざるを得なくなります」と、筆者は警鐘を鳴らしている。確かに、十分起こり得ることなのだ



最後に、先の戦争で亡くなった方の試算がされていた。中国1000万人以上、インドネシア400万人、ベトナム300万人、フィリピン111万人、ビルマ15万人、マラヤとシンガポール10万人、朝鮮20万人、台湾20万人、それに加えて、 連合軍の戦死者を含めれば、1900万人以上の戦死・行方不明者と考えられる。もちろん、 日本の310万人を加えねばならない。 これが、あの「大日本病」の結末である。 二度と繰り返してはならないだろう。



山崎雅弘「戦前回帰 「大日本病」の再発」(学研教育出版 2015.9.15)
序章 安倍政権かの日本政府が目指すもの
第1章 戦争のハードウェアとソフトウェア
第2章 国家神道体制と「国体明徴」運動の隆盛
第3章 戦後日本が怠った「OSの再インストール」
第4章 安倍政権かで再発した「大日本病」



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