山内昌之・細谷雄一編「日本近現代史講義」

自民党の「歴史を学び未来を考える本部」、いわゆる歴史本部で三年にわたって講義した内容をもとにしているらしい。それを「あとかき」で知って、なーるほど思った。どことなく史料の出所が、ウン?と思うところがあった。田母神氏だったり林房雄氏だったり。 たが、そうと知っても、内容が極度に偏向していたとは思えない。それは、私に判断評価できるほどの歴史知識がないから分からないだけかもしれない。

たとえば、日本は朝鮮の地を植民地化などしていないという説があり、自民党議員の多くはその意見を採用したいだろう。しかし、この本では、文句なく植民地化だと言っている。たぶん、そう言われても、議員諸氏は無視するだろう。聴きたい意見だけを聞くのが人のならいだ。

歴史を学ぶには、だから、謙虚な、虚心坦懐な学びの姿勢が必要だろう。しかし、歴史学者にも立場も視点もあるから、歴史の認識には、真実なるものがあるわけではない。 山内氏はこう語っている。「見る立場が違えば、過去にこだわり続けるのか、未来を見つめることで歴史を止揚するのか、視角の違いで評価の論点は違ってくる。それが歴史認識のむずかしさなのだ。日本と中韓との関係を見ればわかるように、歴史認識は単純に過去にのみ関わる問題ではない。過去以上に、それぞれの時代を生きる人びとの切実な問題こそが歴史認識なのであり、そこには時代の状況が複雑に反映している」と。 しかし、これは、少し相対的にすぎるような気がする。視角が違うからといって歴史的事実を軽視してもいいわけではない。

日本の立憲民主主義体制と天皇統治の固有性、ロマノフ二世と伊藤博文が模索した露日間の協調の可能性、歴史の分水嶺としての日清戦争、ロシアのアジアにおける領土獲得の意欲、満州権益の返還期限延長のための策、21ヵ条要求の成り立ち、板垣征四郎や石原莞爾の「満蒙武力分離」の可能性、名分論的国体論の急進化に刺激された一部の軍人の非官僚的=「志士」的行動、万宝山事件、朝鮮事件などから朝鮮独立運動に転化しやすい在満朝鮮人問題、若槻・犬養の政党内閣と関東軍の紆余曲折、ニュルンベルクと東京の国際軍事裁判が管轄した三つの戦争犯罪、宗主国財政と植民地支配 ・・・・・ などなど、歴史認識が大きく分かれるようなテーマについても、そこそこ、ミクロなデータや史料にもとづいて、どちらかといえばミクロな議論を提供している。

明治の近代化、敗戦と続く現代について、たいへん面白い視点を提供していた。「1945年は「戦後」の起点ではあったが、その始原性は中間的なものであり、あくまで明治以降という時間意識のなかでの第二の出発点と見なされたのである」。 確かにそうだなあ。「それでもなお「司馬史観」といった俗称が人口に膾炙する背景には、明治日本を西洋型近代化の成功物語と捉え、その延長線上に戦後日本を位置づけるという昭和三十年代の「戦後アイデンティティ」が今なお日本人にとって心地よいからであろう」、というのは、本当かもしれない、残念だけれど。




山内昌之・細谷雄一編「日本近現代史講義」(中公新書 2019.8.25)
序章 令和から見た日本近現代史・・・・・山内昌之
第1章 立憲革命としての明治維新・・・瀧井一博
第2章 日清戦争と東アジア・・・・・・岡本隆司
第3章 日露戦争と近代国際社会ア・・・細谷雄一
第4章 第一次世界大戦と日中対立の原点・・奈良岡總智
第5章 近代日中関係の変容器・・・・・川島真
第6章 政党内閣と満州事変・・・・・・小林道彦
第7章 戦間期の軍縮会議と危機の外交・小谷賢
第8章 「南進」と対米開戦・・・・・・森山優
第9章 米国の日本占領政策とその転換・楠綾子
第10章 東京裁判における法と政治・・・日暮吉延
第11章 日本植民地支配と歴史認識問題・木村幹
第12章 戦後日中関係・・・・・・・・・井上正也
第13章 ポスト平成に向けた歴史観の問題・・中西寛



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