世宗大学独島総合研究所・保坂祐二編「文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行」

興味深いという言葉は不謹慎かもしれぬが、慰安婦を朝鮮半島や日本内地から、満州、中国、東南アジアに送るために、内務省や警察と軍とが、知恵を絞っているのが、たいへん官僚的で興味深い。内務省や警察などは、あきらかに国際条約違反や皇軍の評判や権威を落とさぬよう、内務省は無関係というスタンスをとれるよう、いろいろな手続きを定め実視させようとする。しかし、現地軍はそんな余裕もないために、なし崩し的にほとんど手続きなしに自由に慰安婦を移送しようとする。それらのせめぎあいが、貴重にも残っていた文書でうかがえるのだ。決定的な文書ではないにしても、敗戦直後に証拠隠滅のために大量の書を廃棄したはずだが、よくまあ残っていたものだ。もっとも、日本政府は、これらの文書を従軍慰安婦の証拠と認めていないのかもしれない。しかし日本軍が主導・管理した、立派な証拠である。

もともと陸軍は満州、上海で慰安所を設置していたが、37年の日中戦争が始まり戦争の長期化や、南京事件の発生など強姦や虐殺などに対する国際的な批判を恐れて、本格的に慰安所を拡大運営することになった。 文書の中には慰安婦の渡航手続きに関するものが少なくない。最初は日本内地から中国に向かう慰安婦が自ら警察に届け渡航のための身分証明書を受け・・・という規定であったが、そんな例はごく初期、プロの日本人女性が中国に行ったときだけだ。すぐに人数が足りなくなり、徴用工と同様に地域に割当て集めることになり、朝鮮半島からも、最終的に軍の証明書や業者の証明書だけで渡航できるようにして、かき集めて中国などに移送した。

慰安所の経緯は簡単に言えば、「日中戦争がきっかけとなって本格化した。それ以前に中国などに設置された慰安所は民間人が設置した性的商業施設を日本軍が慰安所にしたものであり、1932年に上海に日本海軍が海軍特別慰安所を設置したのが慰安所の始まりだった」。 従って、1937年以降に、大量の慰安婦の動員・移送が始まっていて、文書もそれを裏付けている。

それでも最初は、現地軍が主導していて、内地の組織は対応できていなかった。「上海現地の日本軍が慰安所の設置を決定し、日本に募集業者を送ったときの状況を知ることのできる文書」をみると、「初めは警察が日本国内を徘徊していた募集業者たちを逮捕した。女性募集方法が略取誘拐の疑いがあったためである。しかし募集業者たちは、「上海現地軍の依頼を受けた」と供述した。調査したところ、日本軍が実際に募集業者に3000人の酌婦動員を依頼した事実が明らかになった」。 と、各地の警察署と内務省、現地軍との確認文書が飛び回っていた。「当時の日本の刑法でも酌婦の募集は人身売買と同じ犯罪であったため。警察当局が取締りに出たのは当然のことであった」からだ。

幾つか重要な文書やトピックがありそうだ。

・ 1937.9.29 「野戦酒保規程改正に関する件」・・・野戦酒保に軍慰安所を設置できるようにした規程改正で、「この改正案にもとづいて1937年12月半ば以降、日本が侵攻を繰り返した中国内に多数の慰安所が設置され、本土や朝鮮などからの慰安婦動員が始まった。慰安婦の募集人数が多かったため、結局動員は強制性を帯びるようになり、募集の手口も甘言・詐欺・脅迫など、略取誘拐罪に相当する多くの不法手口が用いられた。 ところが日本政府はこの文書を未だに慰安婦関連文書として認めていない。認めれば慰安所設置は軍の「要請」や「関与」ではなく、正確に軍の「指示」で始まり、慰安婦動員も軍の支持だったことを認めざるを得なくなるため」だ。

・ 根本長寿軍曹「祖父の証言 戦争と従軍慰安婦」・・・「慰安婦強制と軍の関与はすべて本当のこと。そして業者ではなく軍が直接やっていた。少なくとも満州で自分が居たところ(チチハル)には業者など居なかった。自分の所属していた宇都宮第五九連隊の中に、朝鮮人を連れてくる専門部隊があって、人数は数百人はいたと思う。強制的に、朝鮮人の男はドカタなどの強制労働に、女は慰安婦にさせていた」

・ 1938.3.4 「軍慰安所従業員等募集に関する件」陸軍省副官・・・非常に重要な文書のひとつで、「この文書は、「女性たちを慰安婦として動員するものの、社会的問題にならないよう取締りながら実施せよ」と慰安婦動員を内密に進めることを指示した文書である」

・ 1938.11.4 「中国渡航婦女に関する件、伺い」内務省警保局警保課長 ・・・「この文書には1938年2月23日の「内務省通牒」に基づいて慰安婦募集業者の選定や女性の移送を行うにあたっても、それは秘密裏に進めなければならないという内容が盛り込まれている」。国際条約違反、内務省通牒違反など、当時でも犯罪だったからだ。

・ 「日本軍と内務省などが極秘に選定した業者たちの慰安婦動員方法、すなわち前払金を与えて自由を拘束し、人を海外に連行することは、当時でもこの改正刑法「法律第四五号」の第二二六条に明記されている「帝国外に移送する目的で人を略取または誘拐」する犯罪に該当した」(略取=人を暴行・脅迫するなどして連行、誘拐=甘言やだましの手口)

・ 「日本政府は1910年5月、フランスのパリでドイツなど12か国間で締結された「醜業を行わせるための婦女売買禁止に関する国際条約」に1925年12月に加盟した」から、つまり国際条約違反となる

・ 慰安婦を中国に送る際には、1938年2月23日に出された内務省通牒をガイドラインとしたが、ほとんど守られなかった。

・ 1940.5.7 「邦人中国渡航の一時的制限に関する外務省発表」 外務省 ・・・戦線の激化に伴い邦人の渡航を制限したが、「軍人の慰問を目的とする中国渡航の場合は、陸・海軍省の承認を受ければ許可するとした」

・ 「業者たちは女性たちを中国に渡航させる理由として、慰問、軍の必要とする家事用務に該当する内容、例えば軍人の世話係、陸海軍病院の手伝い、高級将校のメイドなどという理由を創り上げた。そうすれば軍が雇用証明書の類を出しやすいからである。 そうして業者たちは、女性たちに金儲けができて衣食住が解決できるいい仕事として紹介して誘い、様々な言葉でだまして現場へ連れて行き、そのまま慰安婦にするという手口を使うようになった」

・ 「慰安所経営者と慰安婦を「軍関係者」として渡航身分証明書を内務省警察署ではなく、陸軍省が発給した。経営者や慰安婦を軍の公務と見て、女性たちの身元照会は簡略化し、かれらは軍関係者という資格で渡航させる方法が採られている。この方法によって、募集の際に行われた就業詐欺は殆ど摘発できなくなった」

・ 1939.6 「戦場生活での特異現象とその対策」 早尾乕雄 ・・・「慰安所の不足している地方、または前線に慰安婦は送り出されたのだが、それでも地方でも強姦の数はかなりあり、また前線でも多く見られる。これはまだ女の供給が不足しているのが原因であることはもちろんだが、やはり留学生が西洋女に興味を持つのと同じで、中国の女だから好奇心がわくと同時に内地では到底許されないことが、敵の女だから自由だという考えが大きく働いているために、中国娘を見ると憑かれたように引き付けられていく」

・ 軍人の慰問に行かないかと誘われ、「業者の言葉をそのまま信じた女性は、居住地所轄の警察署長から「軍人慰問」の名目で渡航身分証明書を発給してもらって、その身分証明書によって中国に渡航してきたのである。法的には「軍人慰問」。しかし実際はだまされて現地で慰安婦にされた典型的な例である」

・ 「面長が日本人巡査と一緒に出向いて面に対する動員の割当を言い渡して強制連行する方法は、主に日本が戦時期に労働者を強制的に徴用するときの方法でもあつた。朝鮮人を日本の炭鉱に徴用した時、日本政府がこういう強制的な方法を使ったことが知られている」

・ 伊藤桂一の証言「朝鮮の女たちが、慰安婦として、いかに日本兵たちに献身的であったかは、多少でも野戦経験を持った者は知っている。 (中略) 彼女たちがいかに献身的であったにせよ、日本兵の情に殉ずる、というような事例はほとんどなかった。彼女たちの心底には、本能的、無意識的に、日本への憎悪と抵抗があったのである」」

・ 「業者は主に戦地にも赴いて、慰安所の抱主、経営者になった。ところが彼らを選定したのは日本政府であり、軍部であった。内務省は、政府が業者を選定したことは極秘にすることと各文書に残している」




世宗大学独島総合研究所・保坂祐二編「文書・証言による日本軍「慰安婦」強制連行」(論創社 2019.8.25)
第一章 日中戦争と「慰安婦」動員の始まり
第一節 日中戦争と日本人の中国渡航制限
第二節 日本軍による慰安所設置決定
第三節 日中戦争以前の中国における慰安所の状況
第二章 「慰安婦」募集に関する内務省通牒と動員の実態
第一節 「慰安婦」募集に関する内務省通牒
第二節 軍と内務省による「慰安婦」動員の実例
第三節 日本と朝鮮の刑法と韓国併合条約から見た「慰安婦」問題
第三章 なし崩しにされた「内務省通牒」
第一節 渡航のための身分証明書発行の名目と実際
第二節 日本軍は「慰安婦」動員において常に法を犯していた
第三節 女性たちは「軍関係者」
第四章 「慰安婦」が性奴隷だった証拠
第一節 想像を絶する一日の接客数
第二節 十五歳の少女を「慰安婦」にした日本軍
第三節 「慰安婦」の行動の自由を奪った日本軍
第五章 兵士たちによる強姦と「慰安婦」暴行の記録
第一節 日本兵による中国女性暴行
第二節 危険にさらされる「慰安婦」たち
第六章 「慰安婦」強制連行の実例
第一節 略取誘拐された女性たち―元日本軍人の証言
第二節 だまされて連行された女性たち―元「慰安婦」の証言
第七章 日本軍「慰安婦」の実態







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