安東量子「海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて」

300ページ弱の、なかなか濃密な、陳述、告白といったニュアンスさえ感じる重く繊細なエッセイである。四分の一程度まで進んだところでは、筆者は、なんとなく面倒くさい人、理屈っぽい人という印象だったが、徐々に、筆者の語ることは、もちろん他者の影響はあるにせよ、ゼロから自分で体験し、見聞きし、考えたことであって、どんなイデオロギーにも、政治的立場にも全くとらわれないものだと、そして、その動機は、もっぱら、事故以前と同じ生活を取り戻したいという、ただそれだけのようだった。それが可能かどうかべつにしてでもだ。

しかし、そのわずかな願いはなかなかかなえられない。 筆者自身はいわき市の山間に住み、住まいも無事、原発事故で避難を迫られることはなかった。しかし、義父母や叔父、知人たちは苦しめられた。 まず、しょっぱなの飯館である。 「南相馬市の放射線量は、拍子抜けするほど低かった。(中略) あの時、南相馬から義父母を迎え入れ、送り出してくれた飯館の叔父たちは、なんだったのか。避難すべきは叔父たちだったのか? 車で逃げたのは、私たちであったのに」 行政の無作為によって、高い線量の地域に避難していったあほらしさ。

いろいろな講演会が開かれ、専門家たちの説明を理解しても、もやもやした感が消えない筆者は、ごく自然に原発とその事故なるものを、勉強会として学び始め、その感想をネットにあげ始めた。そして、ICRP のⅢ勧告に出会う。 その読みにくい勧告から筆者が受け取ったメッセージは、「人びとの望みを知り、当局と専門家は放射線量の低下を目指しながら、それを支える手段を共に考え、実施せよ」ということだった。

そうなのだ、「結局、大部分の人々が真に求めていることは自身の生活の営みを続けること」なのだ。そんな当然のことを、行政も専門家たちも忘れているかのようだ。いくら、20mSVでも安全と言われても、「元の環境に戻してほしい」という願いはどうするのか

住民を高線量の地にとどめかねないと、「Ⅲ勧告が理解されなかったということは、勧告の裏側にある人々の願いも理解されなかったことを意味する。原発事故の後、多くの人々が願ったのは放射線の知識を得ることではない。元の暮らしに戻りたい、元の環境を取り戻したい、それだけだ」ったのだ。 ベラルーシでⅢ勧告の作成に尽力したジャック・ロシャールは、福島を訪れて、筆者と何度も話し合う。「ジャックも日本人の研究者も、言葉だけ取り出せばまったく同じことを言っている。「決めるのはあなたです」。違ったのは、ジャックは末続に繰り返しやって来たことだ。最初の末続訪問の帰りぎわに言った「また来る」という言葉を信じていた人は、誰もいなかったろう。私も信じていなかった」

専門家と住民の乖離や不信感を埋めるには、「その場所に通い、住民と言葉を交わし、生活のなかで大切にしているものについて一緒に考えるしかない」。実際、筆者はベラルーシで、ジャック・ロシャール氏らのETHOSプロジェクトの片鱗に触れるのだ。 

そして筆者は末続での測定や、福島各地での住民の集まりに参画してゆく。

「ホールボディカウンターの測定結果は、それまでと同じように「検出されず」だった。 その結果を見て、彼女は笑顔で私に言った。これでこの土地が安心だと確認できた。自分の暮らす土地で育て、収穫して、食べたキュウリが大丈夫だということは、この土地が大丈夫だということ。これで私はここで生きていける、その自信を持てた」と語る末続の女性の言葉に、「そして私は気づいた。原発事故によって放出・拡散された放射性物質が損なったのは、通常、事故が起きなければ自覚することさえない、私たちの暮らす環境そのものへの信頼だったのだ」と。


私は、住民の言葉を基にした、次の二つのフレーズに、ひどく心が動かされた。

「将来のことは誰もわからない。私だけではない。例外なく誰にも分からない。今ここに、かつては存在しなかったものがあることは間違いない。この数値は高いのか。低いのか。なにに比べて? オレはタバコは吸わないよ、酒は飲むけどね、と冗談めかした口調で言うが、表情には悔しさがにじんでいる。ではこの数値はなんなのか。事故前なら検出されなかったはずの、しかし健康への影響はほとんどないと言われる、この数値はなんなのか。自己の影響を受けなかった他の場所では見つからないはずの、この数値はなんなのだろう」

「・・・だけど、それでも、ここで暮らしたいじゃないですか」 ・・・ 「それでも、ここで暮らすことはできるのか。それでも、ここでの暮らしを愛せるのか。「それでも」。事故以降、私たちは、常にこの問いとともに生きることもできないを強いられてきた。私が末続に通いはしめ、通い続けたのは、この問いに答えを出すためだったのかもしれない」


 

安東量子「海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて」(みすず書房2019.2.8)
歌い忘れたレクイエム
一 あの日
二 広島、福島、チェルノブイリ
三 ジャック・ロシャール、あるいは、国際放射防護委員会
四 アンヌマリーとアナスタシア
五 末続、測ること、暮らすこと
六 語られたこと、語られなかったこと
七 その町、その村、その人
八 ふたたび、末続
九 海を撃つ



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