クレイトン・M・クリステンセン「繁栄のパラドクス  -絶望を希望に変えるイノベーションの経済学-」

イノベーションには持続型、効率化、市場創造型の三種類ある。「持続型イノベーションとは市場にすでに存在する解決策の改良」であり、効率化イノベーションは、「企業がより少ない資源でより多くのことを行えるようにするイノベーション」である。「どちらも経済の競争力と活力を維持し、将来の投資に必要なキャッシュを増やすものの」、「成長エンジンの種蒔きはしない」。それに対して、「市場創造型イノベーションは、値段が高く複雑なプロダクトを、多くの人が購入して使用できる入手性の高いプロダクトに変換する」。 かみ砕いて言えば、ニーズやペインがあるが、適切な製品もサービスもないために無消費の状態になっているところに、購入可能な製品やサービスを創り出す、つまり市場を創り出すイノベーションである。その結果、雇用をつくり、インフラを構築し、社会を大きく変えることができる。

さういう市場創造型イノベーションの実例がいくつか紹介されている。 誰もがありえないと信じなかったアフリカにおける携帯電話事業を創り出したモ・イブラヒムのセルテル社、メキシコで糖尿病治療の費用を四分の一に削減したクリニカル・デル。アスカル、低所得国では売れないはずの保険商品を、一日3ドル以下で暮らす人々にも可能としたマイクロエンシュア、ナイジェリアには食べる習慣の無かった緬の市場を創り出したインド三―ヌードル製造販売のトララム、そして古くは、T型フォードも、単なる自動車の製造にとどまらず、「鉄溶鉱炉、林業、炭鉱、ゴム農園、鉄道、貨物輸送、ガソリンスタンド、製材所、ガラス工場など多肢に及んだ」投資と、雇用をつくりだした・・・

よく、アフリカなどの地に井戸を掘って水を得るための活動が報道される。水が出たときは期待を膨らませるが、そのうち故障しても直せない、そして使えなくなり、忘れ去られる・・・「どんなに素晴らしい技術を駆使した先進的なプロジェクトであっても、残念ながら期待ほどには機能しない事態に陥ってしまう。地元住民では使いこなせず修理もできない先進医療機器が設置された病院、電気のない地域に寄付されたパソコン、指導できる教師も地域に合ったカリキュラムもないまま建てられた学校、故障しても誰も直せない井戸・・・」そういう活動、筆者は「プッシュ型」と呼ぶ活動は持続しない。ビジネスとして市場と消費者を創り出し、雇用を生む仕組みを作っていかないと持続しないのだと。

「「無消費」はすなわち、潜在的な消費者が生活の中のある部分を進歩させたいと切望しながら、それに応えるブロダクトを買うだけの余裕がない。あるいは、存在を知らなかったり、入手する方法がなかったりする状況を指す」のだから、それに対して応える「プル戦略は、日常の消費者の不便や苦痛、あるいは市場の具体的なニーズに応えようとする現場のイノベーターによって始められることが多い」。現場を知らない組織では決して解決できない。 

貧困の撲滅にも、プッシュ戦略は有効でないと筆者はみる。世界銀行は、「人類の歴史において、私たちはいわゆる極貧を撲滅できる最初の世代になる」というが、筆者は主張する。「貧困を終わらせることばかりに集中していたら、貧困は終わらない。貧困のパラドクスなのだ」。このパラドクスは、私にはよくわかる。 

最後に二つの言葉を挙げておく

「イノベーションとは最先端技術を駆使した解決策だけを指すのではない。「組織が労働、資本、原料、情報をより高価値のプロダクト/サービスのかたちに転換するためのプロセスにおける変化」のなかにイノベーションは存在する」

そして、ロバート・ケネディ、「わが国の経済は豊かに成長しました。ですが、GDPには詩の美しさも、夫婦の絆の強さも、公に討論することのできる知性も含まれていないのです」





クレイトン・M・クリステンセン「繁栄のパラドクス  -絶望を希望に変えるイノベーションの経済学-」(ハーバーコリンズ・ジャパン 2019.6.21)
序文
第1部 市場創造型イノベーションのパワー
第1章 繁栄のパラドクスとは
第2章 イノベーションの種類
第3章 苦痛に潜む機会
第4章 プル対プッシュ
第2部 イノベーションと社会の繁栄
第5章 アメリカを変えたイノベーション物語
第6章 アジアの繁栄
第7章 メキシコに見る効率化イノベーションの罠
第3部 障壁を乗り越える
第8章 イノベーションと制度の関係
第9章 なぜ腐敗は「雇用」されつづけるのか
第10章 インフラのジレンマ
第4部 イノベーションにできること
第11章 繁栄のパラドクスから繁栄のプロセスへ
巻末付記 新しいレンズで見る世界








この記事へのコメント