斎藤成也他「大論争 日本人の起源」

なかなか魅力的なタイトルに引き込まれるが、だからといって日本人の起源が明らかになるわけでもない。 最終章にフェイクと定評ある「竹内文書」があるくらいだから、常識にとらわれない「論争」を意図したのだろう。しかし、私のような無知な素人にとっては、もともと常識に欠けているので何が論点なのかもよくわからないのが正直なところだ。

それでも、ポイントをいくつか挙げておこう。

〇 4万年ほど前(3万8000年前と言われている?)、ユーラシア大陸と日本列島は陸続きで、ホモサピエンスが「本州へは東アジア方面から朝鮮半島経由で、北海道へは北東アジア方面からサハリン経由で」やってきた。柳田国男などの南方起源説はあまり広く支持されていない、彼らは当然狩猟採集生活をしていた。それ以前には人(旧人)はいなかった、が定説だが、中国本土から朝鮮半島の陸橋を渡って旧人が来たかもしれないが、本当はわからない。

〇 1万6000年前には土器生産が始まり縄文時代に移行した。「縄文人の身体は、顔立ちにも体形にも独特の風情があった」「小柄だが、骨太で頑丈な体形、下半身が発達した体形、大頭大顔、寸詰まりの丸顔。大きな鼻骨と下顎骨、そして彫りの深い横顔は、世界中をくまなく探しても類を見ないほどに特異的である」らしい。
 ・ 縄文人が「「どこから来たのか」という問題設定そのものが「ない物ねだり」だった」ともいえる。根源が見当たらないか、あるいは、あちこちから来たから、特定のどこと言えない

〇 9000年ほど前に揚子江沿岸で水田稲作が発明され、爆発的な人口増加が起こり

〇 4500年前以降、圧迫された「海の民」が、日本列島に移り住む。彼らは遺伝的にかなり異なり、日本語の祖先語を話し、言語も置き換わった。また、「東アジアが非常に寒くなっていた時期」で、「朝鮮半島南部の人びとが、稲作をしやすい温かい南の環境を求めて、九州にわたってきた可能性」もある。また、「土地不足があったり、格差のようなものが表面化して」生活が苦しかった人びとが来た可能性もある。

〇 3000年前、九州北部に水田稲作が渡来、弥生時代始まる。 これから、700年ほどの間に本州・四国・九州に水田稲作が広まり、先住民と混血していった。以前は、「「交代説」や「置換説」の独壇場だった」が、「それに意を称えるように登場したのが、「混血説」であり、「変形説」。つまり、一挙に置き換わったのだもなく、圧迫して追いやったのでもなく、ゆっくり徐々に混血していった、という説がいまは有力らしい。
 ・ 弥生時代は地域によって多様化していた。実際「倭国大乱」の時代でもあったから、統一国家はまだできていない。
 ・ プラント・オパール(イネ科植物に特徴的なガラスの結晶体)が「弥生土器の出てくる地層の下からもでてくるということで、縄文人も稲作をしていたのではないか」と考えられている。徐々に混血していったならそれは十分ありうる
 ・ 「農地をひらいた先祖たちに感謝する気持ちによって、神道は弥生時代に祖霊信仰を中心とするものに変わっていった」
 ・ 「縄文人は自然の営みに感謝して、あらゆる自然物を祀る祭祀を行っていた。これが神道の原形」
 ・ 「神道は稲作の始まりと共に日本に稲作を伝えた江南の祭祀を取り込んで大きく発展した」
 ・ 高天原は弥生時代の日本、もしくは江南ではないか


・〇3世紀の中頃に古墳時代に入る。西日本は政治的に統一
 ・ 箸墓古墳は卑弥呼の墓という説があり、この筆者たちの一人も賛同していた。全長280mと普通の二倍以上の大きさがあるのもその根拠の一つらしい

〇4世紀に中部地方・関東地方が大和政権に加わる。東北にいてアイヌ語の祖先語を話していた混血しなかった人々は、北海道に移っていく
 ・ 「五世紀末に渡来人が新たな文化を持ち込む前の大和朝廷では、江南から来た南方系の文化が主流であった。皇室の先祖は、江南から来た移住者の首長であろうか、あるいは江南系の文化を学んだ日本に古くからいた縄文系の首長であろうか」・・・うーむ、つまりわからない。

〇「「記紀神話」などには、南方を日本文化の故郷とする意識が見え隠れしている。江南の航海民は、日本の南方から来て南方系の文化を伝えた。そして「記紀神話」がまとめられた時代の大和朝廷の勢力の最南端が、日向であった」。そのために、降臨した地が日向の高千穂の峰で、天照大神が日向で生まれ、磐余彦が日向から東進した、というお話になったというのも、有力な説にちがいない。

〇「瓊瓊杵尊は美しい木花之開耶姫を妻に迎え、見た目のよくない磐長姫を親のもとに帰らせた。すると、大山祇神が、こう言って嘆いたという。 「(中略) 天孫の命は花のようにはかなくなりました」。これは神の子孫とされた天皇が、ふつうの人間なみの寿命しかもたないことを説明するために構想された神話である」・・・なるほど、だから花の命は短くて・・・

〇「日本列島吹きだまり論」とは、日本の文物や風習はほとんど、外の世界からの漂着物か借り物、人間もたいてい、どこかからの流れ者の系譜に連なるのだととする思考法」。古来からの伝統と文化を重んじると言いたがるウヨ的な人に聞いてみたい。






斎藤成也他「大論争 日本人の起源」(宝島社2019.11.11)
まえがき
第一章 遺伝学と人類学で読み解く日本人の起源
ゲノムデータから探る日本人のルーツ
身体史観から読み解く日本列島人は、どこから来たのか
第二章 考古学で読み解く日本人の起源
ホモ・サピエンス以前に日本列島へ人類は来たのか
中国北部における新・旧人類文化の交錯劇
日本の起源たる縄文文化はどのように作られたのか
弥生時代に現代日本人のDNAは作られた!
対談 日本人の起源と日本文化を考える
第三章 歴史学で読み解く日本人の起源
日本書紀・古事記から読み解く日本人のルーツ
卑弥呼は大王であった?! 古代日本の王権
古代を解き明かす「竹内文書」は偽書か




この記事へのコメント