宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

売れているそうだ。おそらくタイトルに惹かれて求めたり、電車内の広告に興味を感じるのだろう。私もそのくちだが、タイトルから受ける印象よりもはるかに専門的な内容だ。筆者は知的障害があまり世に知られていないことを懸念して分かりやすく紹介したつもりだろうが、もともと興味のなかった人には、関心を持って最後まで読み続けることはむずかしい。そういう意味ではずいぶん罪つくりなタイトルにしたものだと思う。

筆者がこの本を書くきっかけとなったのは、山本譲二氏の「獄窓起」を読んだことという。 知的障害者にもっと理解と適切な対応や教育がなされていたら、犯罪者になることもなく、国としてもひとり300万円はかかる刑務所費用をずいぶん削減できるだろうとも指摘する。筆者は精神科医として医療少年院に勤務した経験から、「本来は大切に守ってあげなければならない障害をもった子どもたちが、学校で気付かれずに適切な支援が受けられないどころか、さらに虐待を受け、イジメ被害に遭ってきた、そして最終的には加害者になってしまっていた」

なぜ学校で気付かれないのか。「知的障害には大きく軽度、中等度、重度、最重度といった区分がなされています。このうち軽度が8割以上を占めていますので、知的障害というと概して軽度と考えてもいいでしょう。しかし、軽度の知的障害は、中等度や重度よりも支援をそれほどしなくてもいいという訳ではないのです」。 軽度だから気付かれないだけではない。基準の問題もある。

「現在、一般に流通している「知的障害はIQ70未満」という定義は、実は1970年代以降のものです。1950年代の一時期、「知的障害はIQ85未満とする」とされたことがありました。 IQ70~84は、現在では「境界知能」と言われている範囲にあたります」。従来の基準で、その該当者の比率をみれば、「クラスで下から5人程度は、かつての定義なら知的障害に相当していた可能性もあった」。だから、「クラスで下から5人の子どもたちは、周囲から気付かれずに様々なSOSのサインを出している可能性がある」

でも、いろいろ知能検査があるだろうと、だれでも思いますよね。 でも、「実はWISCという検査は、子どもの能力の一部しか見ていないのです。正確に言うと、たった10個の検査項目で子どもの知能を測っているだけ」だから、「学習上や行動上で何らかの困った様子があるのに、”知的に問題ない”と言われても、教師や保護者は腑に落ちないでしょう」と指摘する。

そう、本来は障害として適切に扱われなければならないのに、その子の性格や努力の問題として貶められている、筆者はそう言いたいのだろう。 

筆者はいろいろな事例や統計、論文などを駆使して詳しい説明を重ねる。そして、どうしたらよいかについても精神科医として提案を具体的にしている。それらは、私にはあまり理解しにくい。たぶん筆者の指摘は正しいのだろうという、感想を持つまでだ。

一例として、認知機能という言葉で説明している。 対人スキルの乏しさは、生育環境、性格的なもの、自閉スペクトラム症などの発達障害などもあるが、認知機能の弱さもある。・・・ 「見る力や聞く力、想像する力といった認知機能の弱さのため、相手の表情や不快感が読めない、その場の雰囲気が読めない、相手の話を聞き取れない、話の背景が理解できず会話についていけない、会話が続かない、行動した先のことが予想できない、といったようにうまくコミュニレーションが取れない」


しかし、言われてはじめて気づく、確かに、「今の学校教育には系統だった社会面への教育というものがまったくない」





宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」(新潮新書 2019.7.20)
はじめに
第1章 「反省以前」の子どもたち
第2章 「僕はやさしい人間です」と答える殺人少年
第3章 非行少年に共通する特徴
第4章 気づかれない子どもたち
第5章 忘れられた人々
第6章 褒める教育だけでは問題は解決しない
第7章 ではどうすれば? 1日5分で日本を変える






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