フェリペ・フェルナンデス=アルメスト「人間の境界はどこにあるのだろう?」

10年以上も前の本で、なおかつ、あまり明解な答えがあるとも思えない、むずかしい問い、「人間の境界はどこにある?」を投げかけて、結論的にも、やはりわからないという、あまり読む意味を見出せない書物ではある。それでも最後まで到達したのは、やはり、この考察にも興味深い歴史があるからだ。

人間と人間でないものを分けるのが難しいのは、生物学的な境界と社会的な境界があるからだ。 

生物学的境界は、いまでは遺伝子によって、昔よりは分かりやすくはなっている。昔は、「二足歩行をし、道具を使う生き物」といった条件がその境界だったから、類人猿はどうかとか、ネアンデルタール人はどうかとか、そう考え始めると境界がわからなくなる。しかし、では、現代の遺伝子で、ヒトゲノムを持つ生き物を同定できたとしても、人でない生き物との共通性があまりにも大きいことを知れば、寧ろ境界が曖昧となり、連続性のほうが大きいとわかる。

では社会的な境界はどうか。筆者は何か所かで、胎児について論じている。中絶をする人は発生段階のどこかまでは、人間と確信していないはずだと。 その意見には必ずしも同意し難いが、しかし、つい最近も、障害者が役に立たないものとして殺される事件があった。 それは人間か非人間化の議論ではなく、人間の中の差別だといわれるかもしれない。 では、「人種」はどうだろう。いま、生物学的には「人種」というものはないと結論出ているが、つい最近まで、黒人は人間扱いされなかった。日本のアイヌ人もそうではないか。博覧会の見世物にされたのだから。

というような議論がかなり詳細に展開される。最後のほうで語るこんな言葉が印象的である。

「私たちの子孫が人間であることを辞めるまでに、人間の本性がどれほど変わるのか、私たちはまだ答えを持っていない。この点では、この疑問は、進化の歴史において、いつ私たちの祖先が人間になったのかという疑問と同じである。これも、現在の知識と考察では、答えることができない。人間だけが理性的である、知的である、霊魂を持つ、自意識を持つ、創造性がある、良心を持つ、道徳的である、神に似ている、というのはみな神話であるようだ。多くの証拠がそれに挑戦しているのに、、私たちがしがみついている信仰の対象であるように思われる」。 そして、「私たちが自分は人間だと信じ続けていたいのならば、そして、自分たちに授けている特別の社会的地位を正当化したいのであれば、そして、現在直面している変化にもかかわらず、人間であり続けたいのならば、神話を捨てるよりは、神話を生きることを始めた方がよいのだろう」

上記で本書のエッセンスも、批評としても十分なのだが、いくつか、興味深い話題をアトランダムに挙げておく

・ 「自分たち自身に固有のコミュニケーションのシステムを持った動物の種はたくさんあり、言語が何か人間に固有の能力であるとしても、それを使う種を、他のすべての種から区別する論拠とする理由ははっきりしないということだろう」

・ 「人間の定義をしようとしてきたことがどのように解決されたかの歴史は、驚くほど非合理な選択基準の採用によってころころ変わり、、それらを正当化するためにいかに不適切に科学が使われたかの、長い歴史である」

・ ウィリアム・ローレンスが、1817年におこなった解剖学の講演では、「白色人種と黒色人種の間の色の違いは、前者のほうが道徳観上に優れ、精神性が高いという点に明瞭に表れている」

・ 「生物学は、人種主義を擁護できないものとした。下等な人種が存在しないどころか、人種自体が存在しないのだ。人間の中に人種の分化というものは実際には存在しない」

・ 十五世紀のポルトガルでは、「「東方三博士の礼拝」に描かれた、黒人の王のイメーシは知っていた。この三人のうちの一人は、黒人として描かれるのが伝統である」

・ 「人間の地位を付与するために文化の敷居を設けようとする努力は、二つの問題に関して失敗した。一つは、人間の文化があまりにも多様なため、普遍的な性質を抽出するのが困難なこと、もう一つは、人間以外の動物の文化が、文化を持つことが人間だけの特権だという主張を崩してしまったことだ」

・ 「伝統的に、古人類学者は、およそ250万年前に出現した、ホモ・ハビリス呼ばれる化石記録をもって、人類の境界線としてきた。これが「ホモ」という属名を与えられている最初の種である」

・ 1974年 エチオピアのアファールで発見された、ビートルズの歌の名から「ルーシー」と名づけられた生き物のファミリーは、「ホモ」よりも古い時代に、二足歩行で道具を使う、という人類の定義に該当する

・ 「人間と人間でないホミニッドとの間に満足のいく線引きをするのが、いかに難しいか」、一番重要な例はネアンデルタール人・・・30万年もいきつづけ、それはホモ・サピエンスよりも長い

・ 「私たち人間とともにありながら、その地位についての疑問がまだ説かれていないグループがあるのだ。それは、まだ生まれていない者たちである。そして、同じような疑問は、終末期の患者、昏睡状態の人、重度の精神障害のある人、老齢で認知症の人」・・





フェリペ・フェルナンデス=アルメスト「人間の境界はどこにあるのだろう?」(岩波書店 2008.8.6)
序章 「にんげんらしさ」の土俵 
第一章 動物最前線 人間の自己定義の問題
第二章 公式に人間 人間のからだを明示する
第三章 人間存在か、人間らしくあるか 文化的解決をめざして
第四章 進化的苦境 ホミニッドと向き合う
第五章 人間後の未来? 遺伝学とロボティックス時代の人類




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