V.E.フランクル「夜と霧」

さて、このあまりにも有名な本も、断捨離を生き残って積まれていた、いつも読んだ気になっていて最後まで読まなかった本のひとつ。今回、パンデミックの影響で図書館からの供給が止まり、長年の宿題を果たすいい機会になった。とはいえ、200ページ足らずの本ながら、きちんと読むのは至難の業。別に難しいことが書いてあるわけではないのに、立ち止まらないと自分の想像力と理解の底の浅さが知れてしまう。同時に斎藤啓一氏の「フランクルを読む」を参照すると、少しは理解の刺戟になっていい。

原題は、 “Ein Psycholog erlebt das K.Z” 「強制収容所における一心理学者の体験」ながら、なぜか邦題は、1941.12.6の ヒトラーの特別命令「夜と霧」(Nacht und Nebel)命令を借用している。その命令は、非ドイツ国民で占領軍に対する犯罪容疑者は、夜間秘密裏に捕縛して強制収容所に送り、その安否や居所を家族親戚にも知らせない、というものだ。

最初はアウシュヴィッツに収容され、最後は病囚収容所に転送されてそこで解放されるまでの経過と、自分自身および収容者、看視兵の心理を体験的に語っている。それを少ない言葉で要約することは私の力にあまる。

フランクルの記述には二つの側面がある。ひとつは、彼自身の驚くべき体験であり、もうひとつは彼の目で見た自身と人々のあの状況における心理の解釈と言う面である。彼の生き残った体験は、ほんのわずかな行き違いと言う奇跡の連続だったり、自身の果断な決断だったり、あるいは決断せずに運命に任せた結果だったり、一言で言えば奇跡としか言いようがない。そこに読者が付け加える言葉は何もない。

だから、後者、人びとの心理についてに焦点を当てて、たくさんの話題のなかから、いくつか、アトランダムに挙げておこう。

・ 「カポーになることはいわば一種の逆の選抜であり、最も残酷な人間のみが、この役目に用いられた。(中略) 結局は一ダースもの収容所を廻って来た囚人の中には、この生存のための苦しい闘いにおいて、良心なく、暴力、窃盗、その他不正な手段を平気で用い、それどころか同僚を売ることさえひるまなかった人々がいたのである」・・・「すなわち最もよき人々は帰ってこなかった」

・ 「ドストエフスキーが(「死の家の記録」において) かつて人間を定義して、すべてに慣れ得るものとした命題がどんなに正しいかを意識せざるを得ない」・・・たとえば、「最初の数日の中にガスかまどももはや何の驚きでもなくなってしまった。彼の目にはそれは単に自殺を倹約してくれるものとしてしかうつらなくなった」

・ 「心理的反応の第二段階にいる囚人はもはや目をそらさない。無関心、無感覚になって彼は黙って眺めやるだけである。(中略) われわれは嫌悪、戦慄、同情、興奮、これらすべてをもはや感じることができないのである。苦悩する者、病む者、死につつある者、死者-これらすべては数週の収容所生活の後には当たり前の眺めになってしまって、もはや人の心を動かすことができなくなるのである」

・ 「この無感動こそ、当時囚人の心をつつむ最も必要な装甲であった」・・・そう、理由なくなされる殴打に対して

・ 「収容所生活を知らない外部の者にとっては、強制収容所の中に自然を愛する生活あるいは芸術を愛する生活があるというがごときことは、それだけですでに驚嘆すべきことのように思われるであろうが、しかしもし収容所にはユーモアもあったといったならばもっと驚くであろう」

・ 「すでに人々は一寸でも脅かされることがなければ、それだけで運命に感謝した。たとえば夜、横になる前に虱をとることができれば、もうそれで喜んだのである」

・ 「「群衆の中に」消えて行くということは彼が意識して努めるのであり、それは収容所における保身の最高の掟、即ち「決して目立つな」ということ、どんな些細なことにでも目立って親衛隊員の注意を惹くな、ということに応じているのである」

・ 「自ら運命を演じるというより運命のなるままになるという原則、(中略)  囚人にとっては運命が決断せねばならないことを取り去ってくれるのが一番よいのであった」

・ 「収容所においてもっとも重苦しいことは囚人がいつまで自分が収容所にいなければならないか全く知らないという事実であった。 (中略) すなわち強制収容所における囚人の存在は「期限なき仮の状態」と定義されるのである」

・ 「勇気と落胆、希望と失望と言うような人間の心情の状態と、他方では有機体の抵抗力との間にどんなに緊密な連関があるかを知っている人は、失望と落胆へ急激に沈むことがどんなに致命的な効果を持ち得るかということを知っている」

・ 「収容所の当局者の中には・・・いわば道徳的な意味で・・・サボタージュをする者(ナチスに対して)もいないわけではなかった」・・・囚人のための薬をポケットマネーで買って与えていた収容所司令もいた一方、親衛隊員より囚人を殴る囚人代表もいた

・ 「ある人間が収容所の看視兵に属しているからと言って、また反対に囚人だからといって、その人間に関しては何も言われないということである。人間の善意を人はあらゆるグループの人間において発見し得るのである」

・ 「収容所におけるすべての人間は、われわれが悩んだことを償ってくれるいかなる幸福も地上にはないことを知っていたし、またお互いに云い合ったものだた。われわれは「幸福」を問題とはしないのである」



V.E.フランクル「夜と霧」(みすず書房 1961.3.5 / 1971.11.5)
解説
一 プロローグ
二 アウシュヴィッツ到着
三 死の蔭の谷にて
四 非情の世界に抗して
五 発疹チブスの中へ
六 運命と死のたわむれ
七 苦悩の冠
八 絶望との闘い
九 深き淵より


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