マルクス・ガブリエル「世界史の針が巻き戻るとき」

日本人の聞き手にインタビューしたものをまとめた本のようだ。だから、日本の話題もあるし、聞きやすい(読みやすい)けれども、だからといって、「新実在論」がわかりやすくなるわけではない。

「今我々に起きている危機―価値の危機、資本主義の危機、民主主義の危機、テクノロジーの危機―の現状を解説して解決策を探り」、それらの危機が集約される「表象の危機」、「イメージによって真実が覆い隠されている状況」を語っている。

つい最近、アベノマスクをブラにしたポルノまがいのポスターで都議選に立候補した女性がいて、それを批判した人に、多様性を認めるべきだと反論していた。それも多様性の問題だろうか。 あのポスターは非常識であることは明白な事実である、と思うのは文化的多元性に反しているのだろうか。なんでも相対化してすべて認めるのは、正しいことではない。もし女性候補者を女性だからという理由で排除しようとする者がいたら、それは多様性に反している。ガブリエル氏は言う。「多様性とは、「誰かを排除したいと思っている人たちも排除しない」という意味ではありません」という。「多様性でいうと、第一段階の排除は、女性や黒人などのマイノリティを排除することに当ります。第二段階の排除は、女性や黒人を排除する者たちを排除することです」。 あの女性候補者の問題は多様性の問題ではない、コモンセンスの問題だ。

「「「人間は皆違っている」という事実と共に、我々は生きて行かなければいけないのだ」と。「人間はこうあるべきだ」というモデルを、社会システムにいるすべての人間に押しつけるべきではありません。 そのモデルは、人間の現実に即していないからです。それが多様性への論拠になります。「人間はそれぞれ少しずつ違っている」という事実が、多様性の論拠です」

それぞれ違っているから、すべてお互いに相対的であって、なんでも許容される、というわけでもない。 ガブリエル氏は普遍性というものを考えている。そのうえ、人間という同じ種なのだから、「普遍的な倫理観には、生物学的な基盤があ」るとも。 定かにはわからないが、民主主義の価値観も、そのひとつと考えているのかもしれない。「我々は事実を共通して理解できる」という合意に達するべきだから、民主主義の基本的な価値観はコモンセンス(良識)なのだという。

それ以外のトピックをいくつか

・ 「インターネットは完全に非民主主義的な環境です。インターネットこそが民主主義の土台を揺るがしているのです。人々がポピュリズムと思っているもの、民主主義大国で非民主的な意志決定が明らかに増大していることは、単にリアルな世界がデジタル時代と似通ってしまっただけのことなんです」

・ 「人々は、何がフェイクで何がフェイクでないかを見極めるために対話を重ねるのではなく、何が真実であるかなんて重要ではないのだから基本的にはすべてがフェイクだと思え、という考えで話しをしています」

・ 「ユダヤ人に対する感情が抑制された結果、ムスリムに跳ね返ってきている。ですから反ムスリムは、そっくり反ユダヤ主義だと言えます。移民は強制収容所に閉じ込めろ、地中海に沈めよというのです。(中略) ヒジャブを着ている女性は、自分たちと同じ人間には見えないでしょう。だから、ヒジャブを使うことでムスリムを非人間化できるのです」

・ 「いちばん人殺しをしているのはどの宗教か-具体的な数字は言えませんが、おそらくキリスト教です」・・・「ただ、すべての宗教よりもさらに有害なのが、近代(現代)科学です」

・ 「民主主義は、実際に存在する裁判所、インフラ、税システム、官僚、役所など、そういうすべての機関の複雑なシステムです。それが民主主義の実態です。非常に緩慢で複雑な社会システムです」

・ 「民主的な制度の機能は、意見の相違に直面したときに暴力沙汰が起きる確率を減らすことです」

・ 「法律上の制限がないグローバル経済は明らかに問題です。それが資本主義最大の危機です」・・・「グローバル資本主義経済には世界国家が必要です。でなければ崩壊します。グローバル経済が、グローバル国民国家の存在なしで機能しつづけることは絶対にありません」

・ 「資本主義は悪になる必要はありません。これは近代化の偶発的な副産物なのです」

・ 「「表象の危機」は、特に写真やイメージと我々人間との関係性を表しています」

・ ニューヨークに住むのは、「自分自身にはすごいと思えなくても、他人からすごいと思われればいい、そういう類のことをアメリカ人は実にたくさん作っています」





マルクス・ガブリエル「世界史の針が巻き戻るとき」(PHP新書2020.2.28)
はじめに
第Ⅰ章 世界史の針が巻き戻るとき
十九世紀に回帰し始めた世界
時計の針が巻き戻り始めた世界における「新しい解放宣言」
第Ⅱ章 なぜ今、新しい実在論なのか
新しい実在論とは何か
新しい哲学が世界の大問題を解決に導く
第Ⅲ章 価値の危機
「他者」が生まれるメカニズムを読み解く
  価値の闘争はまだ続いている
  日本が果たすべき役割とは
第Ⅳ章 民主主義の危機
民主主義の「遅さ」を肯定する
文化的相対性から文化的多元性へ
民主主義と多様性のパラドックスを哲学する
第Ⅴ章 資本主義の危機
グローバル資本主義は国家へ回帰する?
「モラル企業」が二十二世紀の政治構造を決める
統計的な世界観から逃れるために
第Ⅵ省 テクノロジーの危機
自然主義という最悪の知の病
人工的な知能など幻想だ
我々はGAFAに「タダ働き」させられている
第Ⅶ章 表象の危機
フェイクとファクトのはざまで
イメージ自体を欲望し始めた人々
補講 新しい実在論が我々にもたらすもの



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