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zoom RSS 映画「バビロンの陽光」にも一筋の救いはある

<<   作成日時 : 2011/06/08 05:27   >>

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映画は、できることなら、明るい、元気が出るものをみたい。 この1,2年でいえば「オーケストラ」とか、「ミックマック」などだ。 しかし、最近見る映画は、どうも、救いの無い映画が多い。 「ブルーバレンタイン」、「冷たい熱帯魚」・・・そして、この映画も、残念ながらなんとも希望がない。 生きてゆくのは過酷だ。

過去40年で100万人ほど行方不明になっているイラクでは、サダムフセイン失脚後3週間、行方不明の肉親を探しあるく人々の群れがあった。 

ナシリア刑務所に、息子を探しにゆくクルド人老婆と孫のアーメッドもそのひと組だ。 息子(孫にとっては父親)は、笛の上手い音楽家なのに、強制的に兵士にさせられ、12年も行方がしれない。 老婆はアラビア語がわからないので、交渉役はすべて、アラビア語も話せる孫がやる。 

ヒッチハイクで乗せてもらったトラックの運転手は、乗るときに要求した金を、バグダッドに着いた時には、返して、元気に行けと力づけてくれる。 いい人だったんだ。 

バグダッドでは、アーメッドはたばこを売る少年を手伝った。 バスに乗り遅れた老婆を乗せるよう、その少年が走ってバスを止めてくれた。 なんとも汚い街で、汚いバスだが、あの風景は、バクダッドの風景なのだろうか。 バスの乗客も、老婆を乗せろと騒ぐし、皆優しい。 

ナシリア刑務所に着いて、アーメッドは父の名を尋ねるがそこにはいない、集団墓地に行ってみると良いと言われる。 意気消沈してバグダッドに帰るバスの中、知り合ったムサから、モスクにもひとり居ると聞かされ、ムサの紹介で尋ねるが、息子ではなかった。 

ムサは、パース党の仕事をしたことがあり、強制的にクルド人虐殺にかかわったことがある。 野宿のとき、それを知った老婆は、「人殺し」と責めて、遠ざける。 しかし、ムサは、この老婆と少年が心配でほっておけない。

全国に300あるといわれる集団墓地、− 墓地と言っても、まるで、カティンの森やスレプレニツァの虐殺のように、ただ砂の中に埋められているだけだ。―  そのひとつに、ムサの手配したトラクターに乗って探しにゆくが、見つからず、老婆はへたり込んで泣く。 それを見たやはり肉親を探す女性が優しく声をかける。 言葉は通じないが悲しみは通じると。 

自分がしっかりしなければと思ったアーメッドは、ひとりで老婆を連れてゆこうと決心し、ムサに別れを告げる。老婆はムサに許しますといい、礼を述べた。 老婆は、孫に、「傷つけられても許せ」と教えていたから、孫は老婆にムサを許してと頼んでいたのだ。 ムサは、ふたりを心配し手助けしたい、困ったら、またモスクに尋ねておいでと告げて、寂しく別れる。

次の墓に行くと、ひとりの遺骨の前に老婆は座り込み、息子を思い、無理やり兵士にさせられた不条理を泣き叫んでしまう。 アーメッドは泣き叫ぶ老婆を見て、遺骨は別人だと告げるのだが、老婆の悲しみはなくならない。 アーメッドは、父の兵士の服は着ない、 兵士にならないと老婆に語り、なんとか慰めようとする。

そして、次の墓場に行く途中、夕日の中に、バビロンの遺跡を見つける。老婆やムサと一緒にバビロン空中庭園に行こうと約束していた場所だ。  しかし・・・・。



なんとも救いようがない状況だ。 いや、救いはある。 ここに出てくるイラクの人々は、みな、善人ばかりだ。 サダムフセインをくそといい、アメリカ軍をブタとののしるトラック運転手。 やたらに故障するバスをなだめながらちゃんと返金するバス運転手、ムサ、一緒に探そうと手助けする女性・・・・・みな助け合おうとする善人だ。 この映画にでてくる悪人はサダム・フセインとパース党だけだ。

 

映画「バビロンの陽光」(原題 SON of BABYLON ムハンマド・アル=ダラージ監督 イラク 2010)



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