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zoom RSS 映画「陸軍登戸研究所 」

<<   作成日時 : 2013/09/01 15:48   >>

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小田急生田駅近く、明治大学生田の敷地には、戦前から陸軍登戸研究所があった。 第九研究所である登戸研究所は秘密兵器などの研究のため、その組織も内容も極秘だった。 学生の研究から広がったこのドキュメンタリーは、「登戸」関係者や、巻き込まれた普通の人々の貴重な証言を3時間にわたって集めた貴重なものだった。

実は開始直後、眠くて見逃したものもあるかもしれない。 風船爆弾の話題からは面白くて目が覚めた。 「登戸」の一科は、風船爆弾などの新兵器、二科は、毒物兵器などの謀略用、三科は経済謀略のための偽札印刷などを担当した。

風船爆弾は、当時の学校工場の女学生たちも参加した。 和紙とこんにゃく糊でつくったという。 約10mもあるというから、かなり大変な作業だ゜ったろう。 楮の皮をはいで、和紙づくりから始めるのだから本格的だ。 

風船は9000個くらい、飛ばしたという。 上総一ノ宮の海岸などで、住民も手伝ったようだ。 もう寝た切りのお爺さんと、その奥さんが当時の事を証言している話が、たまらなくおもしろく、笑ってしまった。 決して笑い事じゃないのだけれど、妙におもしろかった。  ここをまっすぐいくとサンフランシスコだとか、反対側に行ったのもあるとか。。。。

殺人光線の開発というのもある。 どうやら強力電波らしい。 

三科の偽札は、本当に作って、中国に運んだらしい。 ただ量が少ないので思った効果はなかったようだ。 東南アジアの国々を占領した時も、すぐ紙幣の印刷機を押収したと証言があった。

三科の研究者たちは、戦後、米軍の横須賀基地に集まり、米軍のための秘密任務に就いた。 それは墓場まで持ってゆくと、何をしたかは言わないが、共産圏の偽札とか、偽文書の作成なのだろう。 

所長は、前後、巴川製紙の社長となった。  いわゆる天下りだ。 凸版印刷とともに偽札作りに協力した巴川製紙だ。 中心人物の伴繁雄氏は、戦後「登戸研究所の真実」という本を著して、中国の人々に謝罪したらしい。 その本を完成させるまで、ずいぶんと悩んでいたと奥さんが証言していた。






映画「陸軍登戸研究所 」(楠山忠之監督 2012 )☆☆☆☆

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