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zoom RSS 奥野修司「看取り先生の遺言」は、医療関係者と60歳以上のすべての人に必読の書

<<   作成日時 : 2013/11/16 10:09   >>

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呼吸器外科で、肺がんの手術を数多く手がけてきた岡部健氏は癌センターを1997年に辞め、古い民家を改造、開業資金ゼロで在宅の診療所、岡部医院を開き、宮城県名取市を中心に在宅医療を展開した。 

岡部氏は勤務医時代、老人男性患者から、「お前が若くて一生懸命だったから我慢していたが、もういい加減にしてくれ。・・・頼むから自然に逝かせてくれ」と、ショックなことを言われた。 また、予後の短いことを告知したとき素早く退院し、在宅を選択した若い女性患者に在宅の何たるかをすべて学んだという。

在宅医療を始めてから、岡部氏自身が胃がんと肝臓への転移で、余命十カ月と宣告されてから、2012年1月、奥野氏の聞き取りが始まった。 だから、この本は、岡部氏の往生集でもある。 岡部氏が個々人の余命なんて解らないというとおり、十か月の余命は、かなり長く延び、2012年9月27日に亡くなった

大学の授業は殆ど出席せず、8年かけて卒業した岡部氏は、酒呑みで昔の無頼派のようだ。 人としての魅力が在宅のような多くの人々の関わる交差点のような仕事を可能にしたのかもしれない。 そんな岡部氏が語る、がん治療や抗がん剤の問題、在宅医療の在り方、311後の東北の状況、死・看取りに必要な宗教性など、どの話も、まったく納得のゆく素晴らしい話だ。 
 
抗がん剤は毒で、飲んでみないと聞くかどうかわからないという。 手術後、3,4ヶ月で肝臓に5センチの腫瘍が見つかった。TS-1で小さくしてからラジオ波で焼く方針とし、TS-1は良く効いたらしい。

在宅の患者は、よく「お迎え」を見る。 お迎えが来ると、患者は恐れるよりも、むしろ安心する。 あの世とのつながりができ、道しるべになるからだ。 岡部氏は、死への道しるべがない、それは医療者ではなく、宗教者がかかわらなければならないと主張する。

311後、患者に限らず、多くの人が「幽霊」を見ている。合理しかみない医師はお迎えも幽霊も、せん妄としか見ない。やはり看取りには宗教が必要であり、臨床宗教師が必要なのだという。

死が近づくにつれ、岡部氏は、自分の命が大きな命の一部ではないかと感ずるようになった。

そのほか、いろいろ興味ある話もうかがえる

・「CRとPRは別次元」。 治癒効果が出るのは腫瘍が完全に消えた時だけ。 ただ、「完全に消えるというのは、画像診断上見えなくなるということで、がん細胞が無くなることではない」

・「基本的に抗がん剤を投与できるのはPS2(Performance Status)までである。 理由もなしにPS3以上で抗がん剤を投与する医者は、素人さんだよね、としか言いようがない。」

・「患者さんはがんになったら、必ずがんで死ぬとおもっているが、実は三分の一は感染症で死んでいる」

・EBMとNBMはセットのはずなのに、いつの間にか日本ではNBMが無視され、EBMがすべてのような風潮になってしまった。







奥野修司「看取り先生の遺言」(文藝春秋 2013.1.25)☆☆☆☆☆
第一章 余命十カ月
第二章 抗がん剤は薬ではない
第三章 治らないがん患者のための医師に
第四章 家で死を迎えるということ
第五章 「お迎え」は死への道しるべ
第六章 大きな命の中の存在
第七章 死への準備


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