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zoom RSS ベノワ・B・マンデルブロ「フラクタリスト マンデルブロ自伝」

<<   作成日時 : 2014/01/07 10:43   >>

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特に興味も関心も無かったのに、ベノワ・B・マンデルブロの、480ページ余もの自伝を、なぜか最後まで読んでしまった。 人の自伝は面白いものではないが、この人の自伝は大きな特徴がある。 ナチから逃れきったユダヤ人だったということ、そして、独立独歩、悪く言えば変わり者の数学者だったこと、である。

1975年に「フラクタル」という言葉を作り、「マンデルプロ集合」という名前も残したこの数学者は、ポーランド生まれのユダヤ人。 勃興するナチにいち早く危険を察知した賢明な両親のおかげで、ポーランドを離れ、パリのスラム街に逃れた。 ナチのフランス侵攻にともない、更に、リヨン、その後、南仏の片田舎に避難した。  ヴィシー政権下でも、片田舎の権力は、なぜかベノワと弟を見逃した。 その理由の一つは、ベノワが極めて優秀な学生だったからかもしれない。 

「生き抜くために、ユダヤ人の友人たちはほとんどが一緒にいることで危険を分かち合った。 しかし私たち一家は群がることを嫌う直感に従って、別行動をとるのが一番よいと判断した」という、両親の賢明さがベノワたちを助けたのは間違いない。 



戦後、大雑把な言い方をすると、フィリップス、ハーバード、MITなどで、研究や教職の臨時的な職を得た。 もっとも長かったのは、30年以上も所属したIBMだった。 当然、学者は安定した収入の途を確保して研究にいそしみたい。 結果的には、それがIBMだった。 

IBMの黄金期に、IBMの研究所に属し、かなり自由に暮らすことができた。 IBMは「採用規定がゆるかったので、よその研究所との奪い合いにはならないような人材がたくさん入ってきたことだ。 "奇人"や"風来坊"、そしてなにかの過失か指導教官との対立などで、一流の経歴に傷のついた科学者などがいた」という。 

たとえば、ジョン・バッカス (FORTRAN開発), ジョン・コック(RISCコンピューターアーキテクチャーの考案), ゲルト・ビーニッヒ(顕微鏡、ナノ科学), アレックス・ミューラー(高温超電導)、・・・・など同僚だったのか? 当時のIBMは変わり者がいっぱいいて、その効果か多くのノーベル賞受賞者を生んだのかもしれない。 

語の出現頻度の研究、価格変動の研究、通信エラー・ノイズの研究・・・・などから、経済学を教えたり、工学・物理学の分野にも向かったりした。 ラフネス、マンデルブロ集合、フラクタルに至った氏は、純粋数学の世界では変わり者だったようだ。


 「ほぼ確実に、私の申請する研究テーマは理解不能だとか迷惑だとか、あるいはもっとひどいものと見なされた」と言うように、氏自身も、フラクタルも、なかなか素直には受け入れられなかったのだろう

オッペンハイマー、フォン・ノイマンなどのサポートも得ながらも、本人は、ハーバードなどからは結局は拒まれたと認識している。 自意識が高すぎるのかもしれないし、終身職をハーバードで得られなかったのがよほど残念だったのかもしれない。

「フラクタル」はたいへんな評判になり、多くの賞を得、イェール大のスターリング教授にもなった。 たいへん波乱にとんだサクセスストーリーでもある。  変人とはいえ、「成功」しなければ自伝を書くこともないだろう。    




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