Dora_PaPa_san's_Pages

アクセスカウンタ

zoom RSS 村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」

<<   作成日時 : 2015/04/04 16:54   >>

トラックバック 0 / コメント 0

村上春樹の作品は意識的に避けてきたこともあって、初めての体験だ。 素晴らしい体験だった。  なぜ村上春樹が人気あるのか分かったような気がする。 簡単に言えば、おもしろい。 ぐいぐい引き込まれる。 何か秘密がありそうな気がしてどんどん先に行きたくなる。 

色彩を持たない、強い個性もない、とるにたらない人間と自分でおもう、多崎作は、心のお底に氷の塊を抱えている。 自信と勇気をもって、その氷を溶かし、求めてやまない人を得るためには、16年前の出来事をきっちりと明らかにしなければならなかった。 そのために、「巡礼」の旅に出る。

作者の狙いや想いは知らない。 だが、読み手によって、いろいろなものを引き出すことができる。 

「たぶん自分というものがない。 これという個性もなければ、鮮やかな色彩もない。 こちらから差しだせるものを何一つ持ち合わせていない。 」とか、「自分の中には根本的に、何かしら人をがっかりさせるものがあるに違いない」 とか、 「結局のところ、人に向けて差し出せるものを、おれは何ひとつ持ち合わせていないのだろう」とか自身を考える多崎作や私のような人間にとって、いつかは自分の心の中のしこりを破壊しなければいけないとわかる。

そして、人と人の関係の過酷さに苦しむ人には、次の言葉が心に染み込んでくる。 「人の心と人の心は調和だけで結びついているのではない。 それはむしろ傷と傷によって深く結び付いているのだ。 痛みと痛みによって、脆さと脆さによってつながっているのだ。 悲痛な叫びを含まない静けさはなく、血を地面に流さない赦しはなく、痛切な喪失を通りぬけない受容はない。 それが真の調和の根底にあるものだ」

そして、こころに未解決の難題を抱えながら、それに蓋をしている人には、「記憶に蓋をすることはできる。 でも歴史を隠すことはできない。」

昔の自分を取り戻したい人には、「僕らはあのころ何かを信じていたし、何かを強く信じることのできる自分を持っていた。 そんな想いがそのままどこかに虚しく消えてしまうことはない」



村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文藝春秋 2013.4.15)



色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
文藝春秋
村上 春樹

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
村上春樹「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」 Dora_PaPa_san's_Pages/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる