Dora_PaPa_san's_Pages

アクセスカウンタ

zoom RSS アストリッド・リンドグレーン&サラ・シュワルト「リンドグレーンと少女サラ」・・ピッピの作家の優しさ

<<   作成日時 : 2015/10/27 08:40   >>

トラックバック 0 / コメント 0

最初にサラが手紙を書いたのが1972年4月15日、サラ12歳、アストリッド63歳。そして掲載されている最後のアストリッドからの手紙が1992年2月28日。 2002年にもサラからは送られているが、アストリッドは2002年に逝去されている。20年も続いた文通である。 それも書きたい時に書く、率直な手紙だ。

正直言って多感な少女からの率直で多少不躾な手紙は、私なら(来るわけないが)どう扱ってよいか分からない戸惑いであるけれど、こんな有名で忙しいアストリッドが、まるで友達のように、母親のように、そして意外なほどあけすけに自分の若いときの経験や思いを語ったり、サラのためのアドバイスをしたり・・・。

銀座ナルニア国に行ったら、今年は「長くつ下のピッピ」の発刊70周年と知って、この本を手にしてみた。リンドグレーンの本のなかでも、ロッタちゃんや、やかまし村のこどもたちがとても好きだ。作者の人となりはよく知らなかったが、環境問題にも、ベトナム反戦にも活動されていたようで、そして、この文通で、すばらしい人だと知った。

ただ、もともと私信の交歓であって、人が読むことを想定していない。そう言う意味で、読み進めるのに、なかなか抵抗感のあるものだ。  

サラも、この書簡集を公にするとき、自分の手紙を編集したい誘惑にかられたことだろう。

しかし、サラは、そのままの形で公開することに決めた。 それは誠実さを求めたからだろう。
本人は、自分の若いときの手紙、そして、改宗したときの興奮した手紙、リンドグレーンが約束した禁煙のご褒美を催促する手紙について、とても恥じていた様だけれども。

わたしだったら、こんな小難しい少女の手紙は失礼だと思って、一度返事を書いたらもう書かないだろう。
そういう意味では、リンドグレーンは、よほど優しい人か、サラと同程度に悩み多い少女期をずした人なのかもしれない。


何処かの手紙の注にこんな記事があった。 リンドグレーンも尽力したのかもしれない。

「スウェーデンでは、1958年に学校での体罰が禁止され、1966年には、両親は子どもに体罰を与える権利が無いことになった。そして、1979年には、一切の暴力が禁止された。スウェーデンは、法律で子どもへの暴力が禁止された最初の国」


アストリッド・リンドグレーン&サラ・シュワルト「リンドグレーンと少女サラ」( 岩波書店2015.3.18)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
アストリッド・リンドグレーン&サラ・シュワルト「リンドグレーンと少女サラ」・・ピッピの作家の優しさ Dora_PaPa_san's_Pages/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる