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zoom RSS 木村友祐「イサの氾濫」

<<   作成日時 : 2016/05/15 16:55   >>

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東日本大震災で被害を受けた八戸の漁村を故郷とする将司は、クラス会の知らせをきっかけに故郷に帰って来た。東京の仕事や暮らしにすっかり打ちひしがれていたことも、最近なぜか夢に見る破天荒な叔父イサオについてもっと知りたかったという理由もあった。

イサは、他の兄弟姉妹と異なり父親からいつも疎んじられ、いつも酒と暴力に訴える問題児だった。 イサに、とてつもない寂しさと孤独を感じる将司は、自分もイサと同じだと感じてゆく、震災後の東北の一層の疎外感、40歳にもなって、もう、取り返しのつかない人生に決まってしまった無力感、孤独感、そして、哀しさがいっぱい詰まっている。

イサは、将司に、「叫べ、生きよ」と語りかけてくるようだが、それは決して希望とはちがう、別のものだろう、きっと。
「埋み火」も、また東北と、そこを踏み台にする者に対する、怨念を感じる、哀しい物語だが、この本が出版されるまで、大震災と津波から立ち上がる東北の人々の協力や意志があったようだ。


ふと、韓国の「恨(ハン)」を思い出した。 
筆者が次のような言葉で、東北の「恨」を語りたかったのだろうと推察する。

「一山百文とされた福島の白河より北、その山々の竹と鉄でつくった矢を、東京に降らせるつもりだった。 東北がこんなになってもあいかわらず関心の薄い政治家たちに、統治目的なのか「日本はひとつ」と吹聴する得体の知れない輩に、「同情」というトレンドに便乗しただけで痛みに寄り添おうとしないやつらに、「怒り」の矢を降らせる。 美徳とされた忍耐などかなぐり捨てて、蔑まれ利用されてきた者の積もり積もった怨念を今こそぶちまける」

そして、もはや小説の枠を飛び出た、あとがきにも・・・

「あの震災と原発事故で、東京を支えるためにあるかのような東北の、そして地方の隷属的な姿が露呈したはずだった。 それをまた、東京でオリンピック。 今も生活の再建ができない人たちが何万人もいるというのに、どうすればそんなお祭り騒ぎに関心が向けられるのか。 しかもあいつらは、その誘致のために震災の悲惨まで利用した。 
骨の髄から震えがくるほどの、この冷たさ。何を言っても変わらないこの力ずくを前に、東北はこのまま、また弱々しい微笑を浮かべて静かに口を閉ざすのだろうか」


木村友祐「イサの氾濫」(未来社 2016.3.11)
イサの氾濫
埋み火
イサのその後、そしてあとがき

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