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zoom RSS フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」

<<   作成日時 : 2017/03/10 09:44   >>

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私はセイタカアワダチソウを好きなのだが、世間では、所構わず繁茂して日本の草花を駆逐する悪い花になっていると思う。  ほんとに悪い花なのか、かねてから疑問に思っていた。 だから、この本に飛びついたけれど、残念ながら、セイタカアワダチソウの話はなく、もっと大所高所の学問的な議論が中心ではあった。

結論的に一言で極論すれば、在来種だっていつかは外来種だったわけで、外来種を毛嫌いするのは科学的でもないし、現状が変わることへの恐怖心や、イデオロギーの一種に過ぎない、ということだ。 

「外来種を悪魔扱いする根底には、変化への恐怖心があるということだ。野生生物を愛する人ほど、外来種には敵意をむき出しにする」らしい。

「善玉・悪玉で分けるなら、外来種だって善玉かもしれないのだ」というフレ―ズがわかりやすい

学問的に、生態学としては、自然のバランスがあって、それを壊すのが外来種だから、排除してもかまわないと言う考え方が歴史的にあったらしい。  しかし、筆者も、最近の多くの生態学者も、自然のバランスという考え方を否定している。  さらに「手つかずの自然」などどこにもないのだともいう。

「生態系は共進化でつくりだされた精密機械というより、偶然と運が重なった結果だ。 原始のまま何ひとつ変わっていないと思われていた自然が、実は人為的だったり、偶然の産物だったり、歴史がずいぶん新しかったりして、生き物の出入りも激しいことがわかってきた。「在来」「外来」の区別もほとんど意味がなくなりつつある。 ダイナミズムと変化こそが自然本来の姿なのだ。変わらない生態系があるとすれば、それは、完成されているどころか、何かまずいことが起こっている。だとすれば、人間は自然のバランスを乱す存在という根強い認識も怪しくなってくる」・・・ということだ。

「巨木が枯れて空きができると、その後釜をねらう争いが起こり、もっとも適した種が勝利する―これが生態学の正統教義だが、そんな現象は一度も目撃したことがなく、「空きは適当に埋まっていった」とハッベルは言う。最適な種がほかの種を追いだすというより、たまたま近くにいた種がうつつてくることが多かった」


とすれば、環境保護とか自然保護とかは、何をどう保護すると考えたらよいか。 
筆者は、New Wild という表現で、それにこたえているようなのだが、素養も読解力もない私には理解できない。


筆者は、大海の孤島の事例など、多くの事例を挙げて、在来種が決して外来種によって、絶滅させられているわけではないとか、外来種がある方が生物多様性は増しているとか、データを挙げて解説している。 そういう事例はたいへん興味深い。 

アセンション島、バージン諸島など、侵略的外来種諸島など250余種の1万件に渡るケースを調査しても、外来種の影響はほとんどなかったという。 

「ヴィクトリア湖のように世界中の注目が集まった例では、外来種だけが犯人扱いされて、湖の汚染や環境悪化というもっと大きい問題が見えなくなっている」・・・本当は外来種のせいでなくても外来種のせいにされるとかもある。

なかでも、英米で、外来種として最も嫌われ、排除されようとしたクズやイタドリがともに日本産なのが、偶然とはいえ、おもしろい。



フレッド・ピアス「外来種は本当に悪者か?」(草思社 2016.7.20)
第1部 異邦人の帝国
第1章    グリーンマウンテンにて
第2章    新しい世界
第3章    クラゲの海
第4章    ようこそアメリカへ
第5章 イギリス―イタドリにしばられた国
第2部 神話とドラゴン
第6章 生態学的浄化
第7章 よそ者神話
第8章 “手つかずの自然”という神話
第9章 エデンの園の排外主義
第3部 ニューワイルド
第10章 新しい生態系
第11章 都市の荒廃地で自然保護を再起動する
第12章 ニューワイルドの呼び声




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