洗足池日記 3/24 「不謹慎」や「配慮」、「支援」で社会が沈滞したら被災地のためにもならない?

洗足池近くには、「花見には車で来ないで」という看板がある。 そこに「被災地支援のため、仮設トイレは設置しません」と掲示されていた。 確かに仮設トイレは、大量に被災地で必要とされるのだろう。 東京湾花火は早くも中止決定と聞いた。 理由は「東北地方太平洋沖地震で大きな被害を受けた被災地の状況を考慮した」らしい。 むしろ景気づけのためにやればいいのに。

節電のため、街は暗い。 商店街も暗いし、個人住宅で常夜灯を消している家も少なくない。街の暗さに対して、「普段でもこのくらいの暗さでもいいのよね」という声が聞こえる。 いままでが明るすぎた。 そしてセンスの悪いイルミネーションなんかやめればよい。  今年の12月はイルミネーションもないだろうな、きっと。 

個人住宅の節電は、立派な協力態度ではあるが、金持ちは、電気は節約しても、消費は普段以上に、がんがん消費してほしいものだ。  「不謹慎」、「配慮」、「支援」のために、どんどん、シュリンクしてゆく。 

「不謹慎」だといって他者を責める人々は、戦争中の、この非常時に何をしているのか、「非国民」といって責める人々と同じだ。 自分の不満をぶつけているだけだ。

同じように、否定的な言葉や、批判的な言葉は、避けようという空気もある。 頑張っている政府、東電関係者、自衛隊に応援して、批判するのはやめようという空気だ。 それも私はおかしいとおもう。 上杉隆は、枝野氏の会見で、クラブ以外のジャーナリストは外国も含めて排除されていたことを直接にも批判して要請していたとう。 それなら日はなを封じて情報隠蔽したといわれても反論のしようがない。




この記事へのコメント

この記事へのトラックバック