アエラの表紙が非難されているが、なぜ非難されるのかわからない。 東電こそ不安の発生源だ

アエラの表紙が非難されている。 防毒マスクに「放射能がくる」の言葉が、風評被害を助長するといって、非難する人がいるらしい。 非難する人の気がしれない。 だって、風評どころか、現に放射能は東京に来ているではないか。 

非難する方の論点は、
1. みな心を一つにして頑張ろうとしているのに、ひどく冷淡で、日本のことを考えていると思えない
2. 防毒マスクの表紙の広告をみると、余計に不安が駆り立てられる
ということだろう。

そこには、無用の不安を招いてはいけない、前向きに日本を盛り立てて行くべきだ・・・という考え方がある。 フジテレビの「日本を信じよう」、「日本はひとつになろう」というキャンペーンもそうだ。 私は東電なんかとひとつになって心中したくない。 

ジャーナリズムの使命は、無用の不安を恐れて、よいことばかり書くことではない。 心を一つにさせるための広報宣伝をすることでは、決してない。 この場合、東電、保安局、政府に、より強いメッセージを送ることの方が、必要ではないか。 現に存在している事実(と考えること)を書いたら、許せないと言うのは、まるで、この非常時に国益を考えて批判するなという、あの満州事変のときとおなじだ。「非国民」だと非難するのと同じだ。


http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110320/ent11032021480015-n1.htm

「部分的な炉心溶融が始まっていると考える」、ならびに「東京電力が事態を改善できるとは思えない」が、外国の報道だ。 むしろ、あらゆる提案を東電と政府に向ける方が、ジャーナリズムの役割だろう。

風評被害をもたらしている責任は、疑心暗鬼をおこさせる政府発表と、不信感ばかり募る東京電力の方が大きいのではないか。 







この記事へのコメント

この記事へのトラックバック