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zoom RSS 畑村洋太郎「技術大国幻想の終わり」

<<   作成日時 : 2018/10/25 08:42   >>

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日本はシステム技術に弱い、というのは私の持論だが、畑村氏も同様の考え方があるようで、日本には幻想があると。それは、以下の幻想、日本の将来を危うくしている幻想だ。

・ 「日本人がつくるものが優れている」という幻想
・ 「職人の技」幻想
・ 品質という言葉に対する間違った理解。 要求品質を理解していない 

そう、私も理解できる。幻想だ。追いつき追い越せで,西洋の真似をしてきた維新後の日本、戦後の日本の成功体験で、すっかり、日本の技術力が高いという自信になってしまい、過度な自信が、傲慢に転じるのは自然な流れだ。その傲慢の典型が原子力ムラだった。

事故前の原子力発電所に関する規制では、「要するに、日本はシステムが整っているから、何かの原因で停電しても、30分あれば必ず非常用の電気が確保できるから大丈夫だと考えていたということです。それだけならまだしも、電気が来なくなったら何が起こるかということを考えてはいけないことになっていました」・・「こうした姿勢は傲慢そのもの」

そんな傲慢さの裏で、畑村氏が驚いたのは、「日本には自前の解析プログラムがなかったことです。それはつまり、日本の原発は、自分の頭の中に事故のモデルすらもっていない人たちによって運営されていたことを意味します」。
 日本人が馬鹿にしている韓国は、自前のものを持っていてそのために輸出にも成功しているのに。

原発のような「発展途上の技術の扱いを慎重に行うのは当然のことです。何より問題だったのは、発展途上の技術を「絶対安全だ」といって使っていたことです」


日本が必要なもの、日本に足りないものは、変化への対応力、サムスンの地域専門家制度のように現場のニーズを尊重すること、技術を商売にする技術を磨くこと、しっかりした危機管理、「価値」について目覚めること ・・・ などなど、考え方やからくりを変えることが必要だと訴える。 

いま、政権は、原発、新幹線などのインフラ輸出を盛んにしているが、畑村氏が新興国を回った感触では、「日本が売りたい原発や新幹線などハイテクを利用したインフラは必ずしも相手が欲しているものではない」ようで、たとえば、高速鉄道よりも普通の鉄道の方が需要はあるらしい。 これなども、現場をおろそかにしている一例だ。

畑村氏は、日本の生きる道を諄々と説くが、どうだろう、まともに自省して方向転換することはできるのだろうか。私は悲観的だ。決定的な状況にならない限り変わらないとおもっている



畑村洋太郎「技術大国幻想の終わり」(講談社現代新書2015.6.20)
プロローグ
第1部 日本の状況
1. エネルキーと食料
2. 自然環境
3. 人口と社会階層
4. 産業構造の変化
5. 産業が停滞するのはなぜか
第2部 日本がこれから意識すること
第3部 日本の生きる道
1. 市場のあるところでつくる
2. それぞれの社会が求めている商品を売る
3. 日本の経験を売る
4. ものづくりと価値
5. 決定的なのトップ


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