安東量子「海を撃つ 福島・広島・ベラルーシにて」

300ページ弱の、なかなか濃密な、陳述、告白といったニュアンスさえ感じる重く繊細なエッセイである。四分の一程度まで進んだところでは、筆者は、なんとなく面倒くさい人、理屈っぽい人という印象だったが、徐々に、筆者の語ることは、もちろん他者の影響はあるにせよ、ゼロから自分で体験し、見聞きし、考えたことであって、どんなイデオロギーにも、政治的立…
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大澤絢子「親鸞「六つの顔」はなぜ生まれたのか」

親鸞が語られるときの「六つの顔」について。それだけの顔があるということは、つまり、親鸞が何者なのかよくわかっていない、ということでもある。実在否定説まであったとか。「親鸞という実在の人物に絡みついた無数の糸を解きほぐし、「如来の化身」・「法然の弟子」・「説法者」・「本願寺の親鸞」・「妻帯した僧」・「「歎異抄」の親鸞」という、親鸞の「六つ…
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