ソン・ウォンピョン「アーモンド」

最近の韓国の若い作家の作品には、作家の言葉、あとがきが掲載されていることが多い。 出産直後の我が子を見て、「この子がどんな姿であっても、変わりなく愛を与えることができるだろうか。期待とまったく違う姿に成長したとしても?」と問う。そして、「その問いから、「果たして私だったら愛することができるだろうか?」と首をひねってしまうような子が二人生まれた。それがユンジェとゴニだ」という。この小説の主人公ユンジェはひとりの怪物、そしてもゴニも、もうひとりの怪物だ。

プロローグは、こんな文章で始まる
   「僕には、アーモンドがある」
   「一言で言うと、この物語は、怪物である僕がもう一人の怪物に出会う話だ」

僕、ユンジェは笑わなかった。失感情症とよばれる、アレキサイミアだった。母さんは食事療法のつもりでアーモンドを食べさせた。
感情がないから、人との会話も進まない、変な人と思われる。 感情がなくて一つだけ良いことがある。それは、恐れを知らぬことだ。
感情に溢れすぎる、人の痛みを自分の痛みにできるゴニが、そこだけはうらやましがった。

世の中の人が互いに共感するなんて、ほとんど嘘だ。 なにか事態に直面すると、「遠ければ遠いでできることはないと言って背を向け、近ければ近いで恐怖と不安があまりにも大きいと言って誰も立ち上がらなかった。ほとんどの人が、感じても行動せず、共感すると言いながら簡単に忘れた。 感じる、共感するというけれど、僕が思うに、それは本物ではなかった」

一気に読んでしまう。格別ユニークなストーリーでもないし、韓国ドラマにもありそうなテーマでもあるが、それでも、作者の力量か、訳者の腕か、つい読み進めてしまう。 俗物的ではあるが、「怪物」が成長して、普通の人間より、まともじゃないか、幸せになってほしいと願うのは、案外誰にでもある思いかもしれない




ソン・ウォンピョン「アーモンド」(祥伝社2019.7.20)
プロローグ
第一部
第二部
第三部
第四部
エピローグ.








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