ブレイディみかこ「This Is JAPAN 英国保育士が見た日本」

この本も間違いなくお薦め本である。ブレイディみかこ氏の著作は過去何冊か体験していて、その都度、目からうろこの発見をしている。大所高所からみた話ではなく、地べたの英国生活、保育士の体験、それらを通した確かな視点が、半端ない批評にまでなっている

とくに要約することもないが、日本の新自由主義的過酷さは、英国に引けを取らないし、人権に対する認識が貧困とまったくつながらなず、権利と義務がセットになって貧困に喘ぐ当事者が委縮している ・・ といった点が特に日本ユニークな感じだった。 アトランダムに興味深い点を挙げてゆくと・・・


・ コロナでも批判されている「夜の街」のキャバ嬢哀史。絶えず互いに競争させられる新自由主義の論理で、「給与のほうが売上より多いことを明示された女の子たちは自信を失い、「私が悪いのだ」と思い込んでしまう。すべてが「自己責任」に帰結してしまう日本人特有のメンタリティがこのネオリベ奴隷制を強固なものにしているのだという」。さらに互いに給与の話をすることも禁止され、見つかれば解雇されたり減給される。いろんなものが差し引かれて時給400円くらいになる女の子もいるという。

・ 「日本の男性がキャバクラに行く理由を「どうやら「差別」が公認されてるからなんです」とY氏が言う。 確かにそうかもしれない

・ ポデモス、コービン、SNP、アイルランドのシン・フェインなど、「彼らはみな大前提として反緊縮派であり、経済政策を政治改革の柱に掲げる政党だ」。 しかし、日本の左翼はなぜか経済を語らない。 ブリティッシュ英語の「レフト」の意味は、「富と力は社会のすべての部分で分配されるべきだと信じる政治的な集団」で、経済政策が基本だ。

・ 「英国の若者たちは堂々と「金がない」問題で声を上げる」が、日本の若者は、「結婚とか子供を作るとかはエリートのすること」で、「結婚、子育ては普通の暮らしじゃない」とあきらめる。「スペインの若者は、結婚や子育てといった普通のことぐらいできる世の中にしろと憤る」。そう、日本の若者にはそういう怒りがない

・ 「国民が最優先しているのは、要するに暮らしなんですね。なのに、暮らしを何とかしてほしいという運動が日本には」ないと藤田孝典さんも指摘する

・ 「何かがボロボロに古くなっている様子や、何かすごく貧乏くさい様子、いじましいような節約の場面などを見たときに、「Austerity measures!(緊縮措置!)」とジョークを飛ばして人々は笑う」。しかし、家具まで牛乳パックで手作りする日本の保育園は緊縮の最前線をいっているみたいだ

・ 日本にはOFSTEDのような機関がない、誰も保育園を監視していない、これに反したら違法になるというような保育施設のスタンダードを記した法律とかもない

・ しかし、英国に比べて日本の保育施設利用料は驚くほど安い。たとえばみかこ氏の働いていた私立保育園は、1日8時から17時半で、50ポンド、約8000円、というから、フルタイムで預けられる人は金持ちしかいない

・ みかこ氏が驚くことは、「ミドルクラスのお母さんが貧困地区ど真ん中の保育園にこどもを図蹴るなどということは英国ではありえない」と、横浜寿町の保育園に抽選できまり、最初はショックでも通ってみたらよかったと納得する人がいたことだ。更に、世田谷の自主保育で、ホームレスの叔父さんが子どもの遊び相手になっているのを見て、階級社会の英国ではありえないことと驚く。日本は一体どんな国なのだろう

・ スペインの「ポデモスは様々な地べたの市民運動や、そこから生まれた地域政党が合体した政党」で運動体同士が連携しているが、日本の社会運動は、運動体同士が学び合わない。それは、「実は右も左も、上意下達がはびこっているから」だ。そのうえ、「日本の社会運動は当事者を参加させない」から垣根を超えるエネルギーもない

・ 法務省の人権教育の人権課題に「貧困」がない。 「日本の社会運動が「原発」「帆船」「差別」のイシューに向かいがちで経済問題をスルーするのと同じように、人権教育からも貧困問題が抜け落ちている」

・ ヴィクトリア朝時代のような時代、「英国人にとって「貧困の時代」は、「貧しくとも民衆が粛々と生きた健気な時代」ではなく、「民衆の人権が踏みにじられていた間違った時代」なのである」

・ 英国の慈善センターに相談に来る人と比べると、「日本の生活困窮者ひっそりと静かで、いまにも消え入りそうな印象だった。彼らはサバイバルするために前身の毛を逆立てて戦闘している感じではない。日本の彼らはもう、折れてしまっている印象なのだ。だが、彼らはなぜこんなにも力なく折れてしまうのだろう」

・ 「日本人の尊厳が、つまるところ「アフォードできること(支払い能力があること)」だからではないか。それは結局、欧州のように、「人間はみな生まれながらにして等しく厳かなものをもっており、それを冒されない権利を持っている」というヒューマニティの形をとることはなかったのだ」

・ 「日本では権利と義務はセットとして考えられていて、国民は義務を果たしてこそ権利を得るのだということになっています」」

・ 「国民は義務を果たすことで権利を買うのであり、アフォードできなければ、権利は要求してはならず、そんなことをする人間は恥知らずだと判断される(このような社会では、国家は様々な権利を国民に販売する小売店ぐらいの役割しか果たさない)」

・ 「例えば英国では「権利」といえば普通は国民の側にあるものを指し、「義務」は国家が持つものだが、日本ではその両方を持つのは国民で、国家と国民の役割分担がなされていない」

・ 「欧州の教育は日本のそれとは大きく違う。日常生活のなかで、たとえ学校のなかでも自分の人権は主張しろと、そして他人のそれは尊重しろと教え込む。そのことを日本の小学校で普通に実践しようとすれば、はた迷惑な子供になってしまう」








ブレイディみかこ「This Is JAPAN」(太田出版 2016.8.25)
英国保育士が見た日本
はじめに
第一章 列島の労働者たちよ、目覚めよ
第二章 経済にデモクラシーを
第三章 保育園から反緊縮運動をはじめよう
第四章 大空に浮かぶクラウド、地にしなるグラスルーツ
第五章 貧困の時代とバケツの蓋
エピローグ





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